天武天皇(八十八)大解除と祓柱の奴婢・皇后は誓願して大斎

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天武天皇(八十八)大解除と祓柱の奴婢・皇后は誓願して大斎

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原文

秋七月戊辰朔、朱雀見之。辛未、小錦下采女臣竹羅爲大使・當摩公楯爲小使、遣新羅国。是日、小錦下佐伯連廣足爲大使・小墾田臣麻呂爲小使、遣高麗国。丁丑、祭廣瀬龍田神。丁酉、令天下悉大解除。當此時、国造等各出祓柱奴婢一口而解除焉。閏七月戊戌朔壬子、皇后、誓願之大齋、以說經於京內諸寺。

現代語訳

(即位10年)秋7月1日。朱雀(アカスズメ)を見ました。
7月4日。小錦下の采女臣竹羅(ウネメノオミチクラ)を大使として、当摩公楯(タギマノキミタテ)を小使(ソイツカイ=副大使)として、新羅国に派遣しました。この日、小錦下の佐伯連広足(サエキノムラジヒロタリ)を大使とし、小墾田臣麻呂(オハリダノオミマロ)を小使として高麗国に派遣しました。
7月10日。広瀬・竜田の神を祭りました。
7月30日。天下に令(ノリゴト)して、すべての大解除(オオハラエ=穢れを祓う儀式)をしました。この時に当たり、国造たちはそれぞれに祓柱(ハラツモノ=供物)として奴婢(ヤッコ=奴隷)を1口を出して解除(ハライ)をしました。

閏7月15日。皇后は誓願して大斎をして、お経を京内の諸々の寺に説かせました。
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解説

祓柱
お祓いをするための供物として「奴婢」を一人づつ献上させた。「柱」という字と「奴婢」で、どうも「生贄」っぽく感じますが、大解除(オオハラエ)がそもそも穢れを祓うもので、ここで生贄という「穢れたもの」を求めるというのは、ありえない。まぁ畑を耕す人材として、朝廷が利用したのでしょう。
大斎
大斎は「カソリック用語」で、断食をすること。この時代にカソリックがあるわけもなく、後にやってきたカソリックが、同じ意味を持つ「大斎」という言葉を流用したのだと思います。

となると天武天皇の妻、つまり持統天皇は断食をして穢れを断ち、寺にお経を説かせたわけですが、では、その持統天皇がそこまでして願ったもの、ってなんだったんでしょうかね?
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