韓国で専門家でない人が要職につく理由

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韓国で専門家でない人が要職につく理由

投稿日時:2017-09-10 19:44:57
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韓国で専門家でない人が要職につく理由

まとめ
●韓国では外交官に文在寅の仲の良い人物が赴任している。
●明らかに経験のない素人が赴任している。
●儒教では、能力とは道徳とリンクしている。よって道徳のある文在寅が指名した道徳のある人物は能力があってしかるべきで、経験がなくてもうまくいくと思っている。
●日本も民主党政権の時に脱官僚と銘打っていたが目的が違う。

日本の民主党時代の脱官僚について

日本で民主党が政権を取った時に、脱官僚と銘打って、政治家や民間人が要職につくことがありましたが、あれの根本にあったのは政治不信というか、官僚不信でした。政治が民主的に選ばれた政治家ではなく、官僚によって支配されていることから脱しようという動きでした。結果的には、経験もない人物が要職になってはいけないんだという教訓だけが残りましたが、まぁ、今になって思えば、悪い経験ではなかったのではないかなと思うのです。
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韓国も脱官僚??

で、韓国でも日本の民主政権とよく似たことをやっていて、それが「外交官に民間人を赴任させる」というもの。有名なところだと国連の事務方だった康京和(カンギョンファ)女史です。彼女は国連で働いていたのですが、事務方であって決して外交の専門家ではないのです。しかし、国連の事務だったというだけで(韓国人は世界各国に顔が聞くと思っている)、対日外交の最終兵器と言われて外交部長官(=日本でいう外務大臣)に赴任しました。

しかし、どうして専門家ではない素人が要職につけるのか。日本の場合は、「官僚政治」を否定するためのものでしたよね。でも韓国は「官僚を否定」というのはメインじゃないんですよ。でも、素人が就任する。まぁ、例えば、周囲の人が彼らに期待するのは分かる。でも、本人は自分が専門家ではないのだから、拒否すればいいでしょうに。
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儒教では能力とは道徳

儒教では能力とは道徳なんです。
細かいことを省くとそういうことになります。
参考性善説

つまり、能力がないということは、道徳がないということであり、道徳がないということは悪であり、悪は罰されるものです。
文在寅政権はろうそくデモという道徳にあふれたものから生まれた・・・道徳を完全に基盤にした政権です。ムンジェインを否定することは道徳を否定することになります。道徳を否定するものとはつまり「悪」です。現在の韓国ではまさにそんな状態になっています。

よって文在寅の指名した人物は道徳がある、道徳があるということは能力があるのです。よって、専門家でもなく経験もないですが、「できないわけがない」のです。
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韓国と日本は似ているようで違う

日本も脱官僚と銘打って似たようなことをしているのですよね。どちらも共通しているのは、「道徳」が優先されるところなんです。しかし、韓国の儒教一辺倒の社会では道徳を優先する感覚は日本のそれとは比べるべきもない。

日本は官僚を目の敵にしていたのに対して、韓国では既得権益の全て(前の政権に関わるもの・財閥)と日本を目の敵にしている。つまり、韓国の方が敵が多いのです。圧倒的な支持を背景に道徳を盾にして強硬姿勢になるのもある種、仕方のないことなのかもしれませんが、やっぱり根本は儒教を土台にした「道徳=能力」という世界観があるんですよね。それで、素人を道徳を基盤にして外交官に赴任させちゃうわけです。
●日本にとって民主党政権は「特殊な時代」でした。韓国は左派政権が何度もついている。左派は道徳を優先し、現実から目をそらす傾向があります。それも素人が赴任する理由。
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