飛騨国の宿儺。体は一つ、顔は二つ。

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仁徳天皇(三十七)飛騨国の宿儺。体は一つ、顔は二つ。

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原文

六十五年、飛騨国有一人、曰宿儺。其爲人、壹體有兩面、面各相背、頂合無項、各有手足、其有膝而無膕踵。力多以輕捷、左右佩劒、四手並用弓矢。是以、不隨皇命、掠略人民爲樂。於是、遣和珥臣祖難波根子武振熊而誅之。

現代語訳

即位65年。飛騨国(岐阜県北部)に一人の人がいました。宿儺(スクナ)といいます。その人の姿は、体(ムクロ)は一つで、二つの顔がありました。顔はそれぞれが背を向き合っていました。頭頂部が合わさっていて、うなじはありませんでした。それぞれの手足はありました。膝はありましたが、膕(ヨホロ=ヒカガミ=膝の裏の凹んだところ)と踵(クビス=かかと)はありませんでした。力が強く、軽く素早く、左右に剣を帯刀して、四つの手に弓矢を持っていました。そして皇命(ミコト天皇の命令)に従いませんでした。人民を略奪するのを楽しみとしていました。和珥臣(ワニノオミ)の祖先の難波根子武振熊(ナニワノネコタケフルクマ)を派遣して殺しました。
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解説

両面宿儺
飛騨にいたとされる。顔が二つの「何か」。そういう奇形の人間がいた、とも考えられるのですが、まぁ、それが英雄になるとは思えない。これは飛騨の民族をデフォルメした姿か、そういう神の信仰があった、と考えるべきでしょう。まぁ、「神」だったと考えるのが自然かなと。日本書紀で描かれた両面宿儺の姿形は、「飛騨にそういう宗教」があり「神の像」があって、その神の像の形を記した、そういうことだと想います。
多面の神
顔が複数ある神として、日本には「伊予之二名島(=四国)」という四つの顔を持つ神(というか島)や、筑紫島(=九州)も四つの顔がある神(島)が登場します。ただ、これは日本人が「島」を「神」と見て、それを擬人化し、島の地方を「顔」として表現しただけ、でしょうから、両面宿儺のような明らかな異形の神とは同じにはできないでしょう。

姿が見えるということ
日本人にとって神とは見えないものでした。姿形がないから「隠れ身」が転訛して「カミ」となった、という説もあるくらいです。両面宿儺が「神」とするならば、この両面宿儺は間違いなく「外国」の神です。

同じように外国出身と思われる神に「猿田彦(サルタヒコ)」と「アメノウズメ」が居ます。

わたしは両面宿儺もサルタヒコと同様に沖縄・台湾を渡って、東南アジアやインドから来た神ではないか?と思っています。では両面宿儺の元ネタは何か?というと、候補の一つはインドネシアのニアス島の「シレウェ・ナザラタ」。シレウェ・ナザラタの像は顔が二つで両性具有。手が4本かどうかは不明。シレウェ・ナザラタは命の象徴であり、人を助けるのですが、地震を起こす怖い面もあります。

もう一つの候補はインドのシヴァ神。シヴァ神は手が4本で描かれることが多いですが、多面ではありません。シヴァ神は破壊神でありつつ、世界を再生する象徴でもあります。そういう意味では多面です。

古代の日本には沖縄や鹿児島を経由して東南アジアやその向こうからも文化が流入していたようです。それは正式な国家同士の交流ではなく、庶民や商人レベルの交流で、そこで伝わった文化というのは細切れですし、港々を伝言ゲームのようにして伝わったはずです。だから、シレウェ・ナザラタかシヴァか、ではなく、この二つ以外の幾つかの神や文化が混ざり合って、両面宿儺が生まれた、と考える方が自然だと思うのです。
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