物部伊勢連父根・吉士老と加羅王

MENU
TOP>継体天皇(日本書紀)>継体天皇(三十一)物部伊勢連父根・吉士老と加羅王

継体天皇(三十一)物部伊勢連父根・吉士老と加羅王

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

現代語訳

この月(即位23年春3月)に物部伊勢連父根(モノノベノイセノムラジチチネ)・吉士老(キシノオキナ)たちを派遣して津(ツ=港)を百済の王に与えました。そこで加羅王は勅使(ミカドツカイ=大和朝廷の使者)に語って言いました。
「この津は官家(ミヤケ=大和朝廷の直轄地)を置いて以来、わたしめが朝貢する際に渡る津です。どうして簡単に隣の国に与えられるというのでしょうか。はじめに封じた土地と違うのですよ」
勅使の父根たちはそれで、現状では百済に津を与えるのは難しいと考えて、大嶋(オオシマ=慶尚南道南海島?)に退き帰りました。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

解説

前のページの「百済王「多沙津を朝貢する津路としたい」」の続き。このページに限っては「継体天皇(十八)百済の姐彌文貴将軍・斯羅の汶得至・安羅の辛已奚と賁巴委佐・伴跛の既殿奚と竹汶至」と重複します。

ということは、この二つの「百済への割譲」は別の書物からの別の引用と考えたほうがいいかと。
スポンサードリンク

原文

是月、遣物部伊勢連父根・吉士老等、以津賜百濟王。於是、加羅王謂勅使云「此津、從置官家以來、爲臣朝貢津渉。安得輙改賜隣國。違元所封限地。」勅使父根等、因斯、難以面賜、却還大嶋。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

編集