奥津余曽(オキツヨソ)

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奥津余曽

漢字・読みオキツヨソ
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奥津余曽(オキツヨソ)

奥津余曽(オキツヨソ)は古事記に登場する人物。
古事記にのみ見られる。
孝昭天皇の皇后である余曽多本毘売命(ヨソタホビメノミコト)の兄か姉となる人物。
「奥津余曽の妹が余曽多本毘売命」という書き方なので兄なのか姉なのかは分からない。記紀では妹は「妻」という意味もある。
よって性別は不明。
尾張連の祖先。
古事記のみの記述で、日本書紀には対応する人物名はない。ただし余曽多本毘売命(ヨソタホビメ)に対応する世襲足媛(ヨソタラシヒメ)は見られる。
名前から考える
奥津余曽(オキツヨソ)のうち「オキツ」は「奥の」とか「沖の」という意味で、余曽は地名ではないかと思います。
出自
尾張連の祖先。
「尾張連」という言葉の初出。
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引用

古事記からの引用
孝昭天皇
孝昭天皇は尾張連の祖先である奥津余曽(オキツヨソ)の妹である余曽多本毘売命(ヨソタホビメノミコト)を娶って産んだ子供が
天押帯日子命(アメオシタラシヒコノミコト
大倭帯日子国押人命(オホヤマトタラシヒコクニオシヒトノミコト)
のニ柱です。


日本書紀からの引用
孝昭天皇(日本書紀)
孝昭天皇即位29年の春1月3日に世襲足媛(ヨソタラシヒメ)を立てて皇后としました。
ある書によると、磯城縣主葉江(シキノアガタヌシハエ)の娘の渟名城津媛(ヌナキツヒメ)です。
ある書によると、倭国(ヤマトノクニ)の豊秋狹太媛(トヨアキサダヒメ)の娘の大井媛(オオイヒメ)です。
后は天足彦国押人命(アメタラシヒコクニオシヒトノミコト)と日本足彦国押人天皇(ヤマトタラシヒクコニオシヒトノスメラミコト=孝安天皇)を生みました。
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