義父の叱咤激励?

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原文

故爾に黄泉比良坂に追ひ至りて、遥に望けて、大穴牟遅神を呼ばひて謂ひけらく、「其の汝が持てる生大刀・生弓矢を以ちて、汝が庶兄弟をば、坂の御尾に追ひ伏せ、亦河の瀬に追ひ撥ひて、意礼大国主神を為り、亦宇都志国玉神と為りて、其の我が女須勢理毘売を鏑妻と為て、宇迦能山の山本に、底津石根に宮柱布刀斯理高天の原に氷椽多迦斯理て居れ。是の奴。」といひき。

現代語訳

須佐之男命(スサノオ命)は黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)まで追って来て、遥か遠くに居る大穴牟遅神(オオナムチ神)を呼んで言いました。

「お前が持ってる生大刀・生弓矢を使って
お前の庶兄弟(腹違いの兄弟)を
坂のすそに追いつめて、
または川の瀬に追い払って、
意礼(オレ)大国主神(オオクニヌシ神)となり、宇都志国玉神(ウツシクニタマ神)となり
娘の須勢理毘売(スセリヒメ)を正妻として宇迦の山のふもとに太い柱を立てて、高い宮殿に住め。このやろう」
と言いました。
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解説

スサノオ黄泉比良坂まで追って来て、ここでオオクニヌシという名前を得、ウツクシクニタマという名前も得ます。オオナムチからオオクニヌシに進化した瞬間です。ピチューがピカチューに成ったようなものです。

これはスサノオがオオクニヌシ(オオナムチ)に政権を移譲したという意味でもあります。古事記の系譜上は6代子孫、日本書紀では息子とも5代子孫とも言われますが、同時にスサノオの娘スセリヒメの夫ですから、「婿養子」なわけです。
スサノオの登場はコレ以降なし。
オオクニヌシとスサノオ
出雲はスサノオ→オオクニヌシと主役の交代がされ、あらたな時代へと移行します。その様子を表すように、出雲の西部はオオクニヌシ、東部はスサノオに関連する遺跡・神社が分布しているとされます。これはオオクニヌシが西からやってきて出雲と融和したからではないかと言われています。
つまりオオクニヌシは西から来た、ということです。オオクニヌシは朝鮮半島からのでは無いか?と言われるのはコレが原因です。
しかしまぁ朝鮮半島は無理がある無難に考えると九州でしょうね。
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