植ゑし椒口ひひく

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植ゑし椒口ひひく

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現代語訳

また歌われるには
久米部のものたちが、
垣根に植えた山椒の実は辛くて、
口がしびれるほど。
その痺れがなかなか取れないように、
私も、敵から受けた痛みは忘れない。
さぁ打ち倒そう!


また歌われるには

伊勢の海の石に這う細螺(シタダミ=巻貝の一種)のように
敵の周りを這い回って、
打ち倒そう!


またエシキ、オトシキを撃ったときにイワレビコ命の軍勢は疲れてしまいました。そこで歌われた歌は

伊那佐の山の木の木の間を通って、
見守っていたら、おなかが空いた。
鵜養部(ウカイベ)たちは助けに来てくれ!

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解説

「みつみつし」は「賑やかな」とか「勢いのある」という意味の久米の枕詞。「神風の」は強風で知られる伊勢の海の枕詞。「楯並めて」は「盾を並べて迎え撃つ」という意味の「伊那佐」の枕詞。伊那佐は宇陀郡榛原町の伊那佐山のこと。

●エシキ・オトシキは奈良県磯城郡(シキ)にいたとされる土豪の兄弟。同じようにイワレビコ神武天皇)に倒された「兄宇迦斯・弟宇迦斯」とは別人。シキは地名。エとオトは「兄と弟」のこと。なぜ「兄弟」なのか? この地域の氏族にはそういう兄弟で集団をまとめる風習があったのか? それとも大和朝廷側からの都合か????
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枕詞について

枕詞について
久米にかかる「みつみつし」
伊勢の海に掛かる「神風の」
伊那佐の山に掛かる「楯並めて」
がそれぞれの枕詞。
枕詞というと、言葉を修飾するという風に中学校で習いました。こうやって見てみると、日本語のややこしさというか、深さを感じます。まぁそれはいいとして。

どうやら枕詞は地名を修飾するものが最初で、後の和歌などで使われるのは、それの発展系というか形骸化というか、そういうものと考えられています。

古事記であげられる枕詞は地名を湛えるもので、本来は「特別な意味」があったよう。それが「呪力」というべきものだったと考えられています。

もっと言えば、和歌自体が本来は「呪文」のようなものです。日本は言霊という考えがあります。それが祝詞の中に残っているのでしょう。

原文

また歌ひて曰はく、
みつみつし 久米の子等が 垣下に 植ゑし椒 口ひひく 吾は忘れじ 撃ちてし止まむ

また歌ひて曰はく、

神風の 伊勢の海の 生石に 這ひもとほろふ 細螺の い這ひもとほり 撃ちてし止まむ

また、兄師木、弟師木を撃ちたまひし時、御軍暫し疲れき。ここに歌ひて曰はく、

楯並めて 伊那佐の山の 木の間よも い行きまもらひ 戦へば 吾はや飢ぬ 島つ鳥 鵜養が伴 今助けに来ね
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