埴安彥と彥國葺の戦争

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崇神天皇(十五)埴安彥と彥國葺の戦争(日本書紀)

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現代語訳

埴安彥(ハニヤスヒコ)が彥國葺(ヒコクニフク)の軍隊を見て言いました。
「どうして、お前は兵を起こして来るのか?」
彥國葺(ヒコクニフク)は答えました。
「お前は天に逆らい、道に背いている。王室(ミカド)を傾けようとしている。よって義兵(コトワリノイクサ=義勇兵)を挙げ、逆らうお前を討つ。天皇の命だ」
それから各軍は先手を取ろうと弓を射ました。
武埴安彦(タケハニヤスヒコ)がまず、彥國葺(ヒコクニフク)を射ましたが、当たりませんでした。次に彥國葺(ヒコクニフク)が埴安彦を射ると、胸に当たって殺してしまいました。

その軍の兵士は怯えて、逃げました。
すぐに追いかけ、河の北で撃破しました。
それで半分以上、首を切りました。
屍骨は多く溢(ハフ)れました。
それでその場所を羽振苑(ハフリソノ=京都府相楽郡精華町祝園)と名付けました。またその兵士が怖じ気づいて逃げて、屎(クソ)が褌(ハカマ)から漏れました。甲(ヨロイ)を脱いで逃げました。許してもらえないと思って、頭を地面につけて謝って言いました。
「我吾(アギ)」
と言いました。
世の人はその甲(ヨロイ)を脱いだところを伽和羅(カワラ)と名付けました。褌(ハカマ)より屎(クソ)が落ちたところを屎褌(クソバカマ)と言いました。今は樟葉(クスハ)と訛っています。

また頭を地面に叩き付けた場所を我吾(アギ)と名付けました。
叩頭は迺務(ノム)と読みます。
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原文

埴安彥、望之、問彥國葺曰「何由矣、汝興師來耶。」對曰「汝逆天無道、欲傾王室。故舉義兵、欲討汝逆、是天皇之命也。」於是、各爭先射。武埴安彥、先射彥國葺、不得中。後彥國葺、射埴安彥、中胸而殺焉。其軍衆脅退、則追破於河北、而斬首過半、屍骨多溢、故號其處、曰羽振苑。亦其卒怖走、屎漏于褌、乃脱甲而逃之、知不得免、叩頭曰「我君。」故時人、號其脱甲處曰伽和羅、褌屎處曰屎褌、今謂樟葉訛也、又號叩頭之處曰我君。叩頭、此云迺務。
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