箸墓伝説

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崇神天皇(十六)倭迹々姫命の婚姻と死・箸墓(日本書紀)

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原文

是後、倭迹々日百襲姫命、爲大物主神之妻。然其神常晝不見而夜來矣、倭迹々姫命語夫曰「君常晝不見者、分明不得視其尊顏。願暫留之、明旦仰欲覲美麗之威儀。」大神對曰「言理灼然。吾明旦入汝櫛笥而居。願無驚吾形。」爰倭迹々姫命、心裏密異之。待明以見櫛笥、遂有美麗小蛇、其長大如衣紐、則驚之叫啼。時大神有恥、忽化人形、謂其妻曰「汝不忍、令羞吾。吾還令羞汝。」仍踐大虛、登于御諸山。爰倭迹々姫命、仰見而悔之急居(急居、此云菟岐于)、則箸撞陰而薨。乃葬於大市。故時人號其墓謂箸墓也、是墓者、日也人作、夜也神作、故運大坂山石而造、則自山至于墓、人民相踵、以手遞傳而運焉。時人歌之曰、

飫朋佐介珥 菟藝廼煩例屢 伊辭務邏塢 多誤辭珥固佐縻 固辭介氐務介茂
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現代語訳

倭迹々日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメミコト)は大物主神(オオモノヌシノカミ)の妻となりました。しかし、その神は常に昼は見えず、夜しか現れませんでした。倭迹々姫命(ヤマトトトヒメノミコト)は夫(セナ)に語って言いました。
「あなたさまは、常に昼は見えないので、ハッキリとその尊顔(ミカオ)を見る事ができません。お願いしますから、もう少しゆっくりしてください。明日の朝に美麗(ウルワ)しい威儀(ミスガタ)を見たいと思います」
大神は答えて言いました。
「言理(コトワリ=言ってる事は)灼然(イヤチコ=よく分かる)だ。私は明日の朝にあなたの櫛笥(クシゲ=櫛を入れる箱)に入っている。頼むから私の形(=本性)に驚くなよ」
倭迹々姫命(ヤマトトトヒメノミコト)は心の裏(ウチ)で密かに怪しんでいました。夜が明けるのを待って、櫛笥(クシゲ)を見ると、とても美麗(ウルワシ)い小蛇(コオロチ)がいました。
その長さと太さは下衣の紐のようでした。それで驚いて叫びました。それで大神は恥ずかしく重い、すぐに人の形になりました。
「お前、我慢出来ずにわたしに恥をかかせた。
わたしも山に還って、お前に恥をかかせよう」
それで大空を踏んで、御諸山(ミモロヤマ)に登りました。
倭迹々姫命(ヤマトトトヒメノミコト)は仰ぎ見て後悔して、ドスンと座りました。
急居は菟岐于(ツキウ)と読みます。

それで箸で陰(ホト=女性器)をついて亡くなりました。
それで大市(オオチ=大和国城上郡大市=奈良県桜井市北部)に葬りました。世の人はその墓を箸墓(ハシノハカ)と名付けました。この墓は、昼は人が作り、夜は神が作りました。大坂山(奈良県北葛城郡二上山の北側の山)の意思を運んで作りました。山から墓に至る人民が並んで列を作って手から手へと手渡しに運びました。世の人は歌を歌いました。

大坂に 継ぎ登れる 石群(イシムラ)を
手遞傳(テゴシ)に越さば
越しかてむかも
歌の訳
大坂山の石を麓から頂上まで、どんどんと持って行った。大量の石。手渡しにどんどん持っていったから、いつかは山をすっかり持って行けるだろう。
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解説

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