眼炎の金・銀・彩色が栲衾新羅國

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仲哀天皇(十)眼炎の金・銀・彩色が栲衾新羅国

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原文

秋九月乙亥朔己卯、詔群臣以議討熊襲。時有神、託皇后而誨曰「天皇、何憂熊襲之不服。是膂宍之空国也、豈足舉兵伐乎。愈茲国而有寶国、譬如處女之睩、有向津国(睩、此云麻用弭枳)、眼炎之金・銀・彩色、多在其国、是謂栲衾新羅国。若能祭吾者、則曾不血刃、其国必自服矣、復熊襲爲服。其祭之、以天皇之御船、及穴門直踐立所獻之水田、名大田、是等物爲幣也。」

現代語訳

(即位8年)秋9月5日。群臣(マヘツノキミタチ)に詔(ミコトノリ)して、熊襲(クマソ)を討とうと会議させました。その時に神が居て、皇后に託(カカ)って、(神が人間たちに)教えて言いました。
天皇
どうして、熊襲が服(マツロワ)ぬことを憂うのか? (服属させるべきは)膂宍之空国(ソシシノムナクニ=朝鮮半島)だ。どうして(熊襲に)兵を挙げて討つに足るだろうか?(その価値はない) この国(=朝鮮半島)は宝がある国だ。例えば処女(オトメ)の睩(マヨビク=目を動かす)ように津に向かう国がある。
睩は麻用弭枳(マヨビキ)と読みます。

眼炎(マカカヤク)金(コガネ)・銀(シロガネ)・彩色(ウルワシキイロ)がその国にはある。これを栲衾新羅国(タクブスマシラキノクニ)という。もしくよく私(=神)を祭れば、刃を血に濡らさないで、その国は必ず自然と服従するだろう。また熊襲も服従するだろう。その祀りをするには、天皇の御船(ミフネ)と穴門直踐立(アナトノアタイホムタチ)の献上した水田(コナタ)…名付けて大田(オオタ)という…これらのものを幣(マヒナイ=神に捧げる)しろ」
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解説

新羅への評価
よく記紀での新羅の記述を「後に白村江の戦いで負けた恨みから悪く書いた、だから当てにならない」と言いますが、金銀があり優れた国であることをここで描かれているように決して「悪い評価」ばかりではありません。

とくに「熊襲」より「新羅」の方が価値があると書いてあるのですから、上記の指摘(白村江の戦いでの恨み説)は的外れなんじゃないかと思います。
歴史の流れについて
この神は結局「住吉」の神です。住吉の神とは大阪の住吉大社の神です。つまり、住吉の津守氏が「朝鮮征伐」を提案した、という意味にも取れます(というかそういうこと)。朝鮮への海峡の先導をしたのかもしれません。

ではなぜ津守氏が朝鮮征伐を提案したのか?となります。それは津守氏の大阪が貿易港だったからでしょう。朝鮮→中国、もしくは朝鮮→北東の民族という交易ルートを確保し、莫大な利益を得ることが目的だったのでしょう。これは景行天皇ヤマトタケルが九州交易路・東国交易路の確保によって大和朝廷を発展させたことの延長です。

ひっくり返すと日本にとって百済と新羅は取引相手であって、百済の地域に日本式の古墳があることから、影響はかなりあったでしょうが「領地」ではないのです。そもそも百済と新羅は「米」が作れません。取引相手以上の関係になりづらい。これは鹿児島で活動していた隼人・熊襲が火山灰の土質のために稲作ができず、大和朝廷への参加が遅くなったのと同じ理屈です。
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