孝徳天皇(十一)十師に任じる・来目臣と三輪色夫君と額田部連甥を法頭に

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孝徳天皇(十一)十師に任じる・来目臣と三輪色夫君と額田部連甥を法頭に

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原文

故、以沙門狛大法師・福亮・惠雲・常安・靈雲・惠至・寺主僧旻・道登・惠隣・惠妙、而爲十師。別、以惠妙法師爲百濟寺々主。此十師等、宜能教導衆僧修行釋教、要使如法。凡自天皇至于伴造所造之寺、不能營者朕皆助作。今、拜寺司等與寺主。巡行諸寺、驗僧尼・奴婢・田畝之實、而盡顯奏。卽以來目臣(闕名)・三輪色夫君・額田部連甥、爲法頭。

現代語訳

沙門狛大法師(ノリノシコマノダイホウシ)・福亮(フクリョウ)・恵雲(エウン)・常安(ジョウアン)・霊雲(リョウウン)・恵至(エシ)・寺主僧旻(テラシュソウミン)・道登(ドウトウ)・恵隣(エリン)・恵妙(エミョウ)を十師(トタリノノリノシ)としました。別に恵妙法師(エミョウホウシ)を百済寺(クダラノテラ)の寺主としました。この十師たちは、よく諸々の僧(ホウシ)を教え導いて、釈迦の教えを修行して、必ず、法(ノリ)のように師なさい。天皇から伴造(トモノミヤツコ)までが、作った寺を、運営できない場合は、朕(ワレ)はみんなを助けて作ろう。今、寺司(テラツカサ=寺院で働いている僧尼じゃない役人)と寺主を呼び寄せよう。諸々の寺を巡って行き、僧尼・奴婢(オノコヤッコメノヤッコ)・田畝(タハタ)の実情を験(カムガエ=調べる)して、すべて明らかにして報告しなさい」
すぐに来目臣(クメノオミ)…
名を漏らしてしまいって、よく分からない。

三輪色夫君(ミワノシコブノキミ)・額田部連甥(ヌカタベノムラジオイ)を法頭(ホウズ=中央の僧の役人の一種)としました。
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解説

前のページで孝徳天皇が「仏教を重んじるよ!」と言い、ここでは具体的に誰が日本での仏教を広めて、寺を運営していくのかを定めています。スローガンだけではなく、誰がどうするのかを明確にしているわけです。
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