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九月甲子朔戊辰(二)椎根津彦と弟猾に変装させて
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天皇、祇承夢訓、依以將行、時弟猾又奏曰「倭国磯城邑、有磯城八十梟帥。又高尾張邑(或本云、葛城邑也)、有赤銅八十梟帥。此類皆欲與天皇距戰、臣竊爲天皇憂之。宜今當取天香山埴、以造天平瓮而祭天社国社之神、然後擊虜則易除也。」天皇、既以夢辭爲吉兆、及聞弟猾之言、益喜於懷。乃使椎根津彦、著弊衣服及蓑笠、爲老父貌、又使弟猾被箕、爲老嫗貌、而勅之曰「宜汝二人到天香山潛取其巓土而可來旋矣。基業成否、當以汝爲占。努力愼歟。」
現代語訳
神武天皇はまさに夢の教えを聞いて、その通りにしようとしました。すると弟猾(オトウカシ)が天皇に言いました。
「倭国(ヤマトノクニ)の磯城邑(シキノムラ)には磯城八十梟帥(シキノヤソタケル)がいます。
また、高尾張邑(タカオハリノムラ)には赤銅八十梟帥(アカガネノヤソタケル)がいます。これらの者たちは皆、天皇に抵抗して戦おうと思っています。密かに天皇がこれに困っているのを知り、わたしも心配していました。
そこで天香山(アマノカグヤマ)の土を取って、それで天平瓮(アマノヒラカ)を作って、天社(アマツヤシロ)や国社(クニツヤシロ)の神を祀り、その後に敵を討てば、簡単に撃破出来るでしょう」
天皇は弟猾(オトウカシ)がそう進言する前に、既に夢で神の言葉を受けて良い兆しと考えていましたから、その弟猾(オトウカシ)の言葉でますます喜びました。
すぐに椎根津彦(シイネツヒコ)を呼んで卑しい服を着せ、箕笠を身につけさせ、老人に変装させました。また弟猾(オトウカシ)には蓑を着せ、老女に変装させました。
そして命令しました。
「お前たち二人は、天香山(アマノカグヤマ)に行き、密かにその嶺の土を取って来てくれ。私の基業(モトイノワザ…国づくりのこと)が旨く行くかどうかの正否を占うことにする。油断するなよ」
「倭国(ヤマトノクニ)の磯城邑(シキノムラ)には磯城八十梟帥(シキノヤソタケル)がいます。
また、高尾張邑(タカオハリノムラ)には赤銅八十梟帥(アカガネノヤソタケル)がいます。これらの者たちは皆、天皇に抵抗して戦おうと思っています。密かに天皇がこれに困っているのを知り、わたしも心配していました。
そこで天香山(アマノカグヤマ)の土を取って、それで天平瓮(アマノヒラカ)を作って、天社(アマツヤシロ)や国社(クニツヤシロ)の神を祀り、その後に敵を討てば、簡単に撃破出来るでしょう」
天皇は弟猾(オトウカシ)がそう進言する前に、既に夢で神の言葉を受けて良い兆しと考えていましたから、その弟猾(オトウカシ)の言葉でますます喜びました。
すぐに椎根津彦(シイネツヒコ)を呼んで卑しい服を着せ、箕笠を身につけさせ、老人に変装させました。また弟猾(オトウカシ)には蓑を着せ、老女に変装させました。
そして命令しました。
「お前たち二人は、天香山(アマノカグヤマ)に行き、密かにその嶺の土を取って来てくれ。私の基業(モトイノワザ…国づくりのこと)が旨く行くかどうかの正否を占うことにする。油断するなよ」
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解説
椎根津彦
椎根津彦は神武天皇が九州を出発して速吸之門で出会った漁をしていた人「珍彦(ウズヒコ)」が改名した名前です。倭直部(ヤマトアタイ)の先祖とされます。
参考:太歳甲寅冬十月−1 椎の木の竿の先を渡して
椎根津彦は神武天皇が九州を出発して速吸之門で出会った漁をしていた人「珍彦(ウズヒコ)」が改名した名前です。倭直部(ヤマトアタイ)の先祖とされます。
参考:太歳甲寅冬十月−1 椎の木の竿の先を渡して
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神武天皇(日本書紀)の表紙へ
- Page11 秋八月甲午朔乙未(一)兄猾と弟猾
- Page12 秋八月甲午朔乙未(二)來目歌
- Page13 秋八月甲午朔乙未(三)吉野の先住民
- Page14 九月甲子朔戊辰(一)天平瓮と嚴瓮と酒と嚴呪詛
- Page15 九月甲子朔戊辰(二)椎根津彦と弟猾に変装させて
- Page16 九月甲子朔戊辰(三)誓約による飴作りと漁
- Page17 九月甲子朔戊辰(四)嚴媛と名付ける
- Page18 冬十月癸巳朔(一)神風の伊勢の海の大石にやい這い廻る細螺
- Page19 冬十月癸巳朔(二)道臣命の密命と歌
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