阿波岐原・檍原(アワギハラ)

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アワギハラ

漢字・読み阿波岐原・檍原
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概要

まとめ
●古事記では「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原」。
日本書紀では「筑紫日向小戸橘之檍原」と表記はほぼ同じ。
●宮崎県の江田神社の近くにアワギハラがあるとされる。
●おそらくアワギハラは特定の土地を指していない、と思われる。

物語・由来

黄泉の国から帰還したイザナギは、その体についた「穢れ」を落とすために、禊(ミソギ)をしました。その禊(ミソギ)をした場所が「阿波岐原(アワギハラ)」とされます。

この阿波岐原(アワギハラ)は宮崎の江田神社の近くとされています。ただ、まぁ、比定されているだけで、証拠はほとんどありません。

古事記には
「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原」
日本書紀には
「筑紫日向小戸橘之檍原」
とあり、ほとんど同じ文章です。
この「日向」は現在では宮崎の地域名ですが、そもそも陽の当たるという意味です。小戸は、小さな戸という意味合いで、小さな港か、小さな麓の集落という意味かと思われます。そしてアワギハラも「粟が生える原っぱ」という意味合いかと思います。となると「ツクシ」も何かしらの地形を意味しているのではないかと思います。そもそも九州を表す「ツクシ」という言葉の語源はハッキリしていません。ある説では「ツク」…ミミヅクに島の形が似ているからとも、言われますが、ここでのツクシは「最果て」という意味での「尽くし」が語源でしょう。

つまり「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原」は「最果ての島の、陽の当たる、柑橘系の木が生える、小さな港のある、粟の原っぱ」という漠然とした土地のことになります。
日本の世界観
日本人はあるときまで、穀物の神は海の向こうからやってくると考えていました。ニライカナイという沖縄の海洋来訪神が元になった思想です。その海の向こうの神が、里にやってきて畑に宿って作物が実る。これがパターンでした。だから海の向こうを神聖視していました。

だから「最果ての筑紫の島」は特別です。日が当たる、ということは西にあります。西は太陽が沈む場所。そして死者が帰る方向でもあります。やはり神の住む異界を表しています。柑橘系植物の橘は海の向こうにある「常世の国」に生える特別な植物で、垂仁天皇の時代にタジマモリに探させに行っています。

また「橘の小戸(タチバナノオド)」に関しては下記にも登場します。そこでは八尋鰐(ヤヒロワニ)という巨大なワニが居る場所です。つまり「橘の小戸」という場所は特別な存在が居る場所の名前として「適切」な名前だってことです。

そして、アワギハラの「アワ」は間違いなく「粟」です。米を主食にする以前は粟が大事な穀物でした。それは神話の中でしっかりと現れています。例えば、イザナギイザナミが生んだ最初の島は「淡路島」や「淡島」です。スクナヒコナは粟の葉っぱに弾かれて常世の国へと帰って行きました。粟は特別な穀物だったハズです。
この粟が生える場所。これだけ揃えば、この土地がいかに特別か?は間違いありません。
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引用

現世に帰還・ケガレを祓う
筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(アワギハラ)に行って、禊(ミソギ)をしました。

第五段一書(六)-4 海の神々
すぐに筑紫の日が当たる小戸橘(オトタチバナ)の檍原(アハギハラ)で禊(ミソギ)をしました。
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