玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)

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玖賀耳之御笠

投稿日時:2017-05-01 01:19:49
漢字・読みクガミミノミカサ
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概要

玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)は古事記に登場する人物。
日本書紀には登場しない。
丹波風土記の「 陸耳御笠」と同一とされます。
親・子孫などの記述は一切ない。
丹波国の人物。
古事記では崇神天皇の時代に日子坐王に殺されたとある。
日子坐王に殺された
日子坐王は「息長水頼比売(オキナガノミズヨリヒメ)…近淡海の御上祝が信奉する天之御影神(アメノミカゲ神) 」との間に「丹波比古多々須美知能宇斯王(タニハノヒコタタスミチノウシ王)=丹波道主王(タニハノチヌシノオオキミ)」なる子供をもうけていることを考えると、「玖賀耳之御笠の殺害」はこの時代に日子坐王が丹波国に勢力を伸ばした史実の反映ではないかと思われます。
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丹波風土記での陸耳御笠(クガミミノミカサ)

丹波風土記について
丹波風土記は出自のわからないもので、果たして本物かどうか?ともいわれるものです。よってどのくらい信用できるかは分かりません。ただそこには、
崇神天皇の時代に、青葉山に陸耳御笠(クガミミノミカサ)なる土蜘蛛(ツチグモ)がいて、人を襲っていました。日子坐王はその土蜘蛛を勅命を持って征伐することになりました。丹波国と若狭国の国境に到着すると、岩が鳴り響き、光を放っていました。その岩の形が兜(=金甲)に似ていました。それで「将軍ノ甲岩」と呼ぶようになりました。またその土地を「鳴生(ナリュウ)」と呼ぶようになりました。

とあります。この後、陸耳御笠はどうなったかというと、由良川に逃げ、与謝の山奥に逃げ込みました。つまり、「死んでいない」のです。丹波風土記と古事記の間には大きな違いがあります。まぁ、丹波から追い払ったという意味で「殺した」と書いたのかもしれません。

だからって本当は死んでいないのだ!なんてことは言いませんけども。
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伝承の意味について

この神話の「岩が鳴り響き、光り輝く」というのは、何を表しているのか。候補の一つは「火山」ですが、私は素直に「雷」ではないかと。雷神は水神であり、水神は農業神。この青葉山に日子坐王という太陽神の名前を持った人物がやってきて、陸耳御笠なる人物を山の向こうに追い払った…どうも農業神話っぽいんですよね。陸耳御笠は雨雲か暴風雨の神格化とか。もともと、そんな農業神話があって、丹波が大和朝廷に参加した時に、開化天皇(9代)の皇子の日子坐王を神話にねじ込んだってのが本当じゃないでしょうか。
日本書紀・古事記・丹波風土記の差
それはともかくとして丹波風土記にも日子坐王が登場し、丹波でクガミミノミカサなる人物を征伐したことが書かれていて、古事記にも書かれているのに、日本書紀では割愛されているというのは不思議です。もしも日子坐王の華麗な征伐物語であれば、割愛するなんてありえない。日本書紀の感覚では「取るに足らない地方伝承」という見解だったのではないでしょうか。
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古事記からの引用

建波邇安王の反逆
また日子坐王(ヒコイマスノミコ)を丹波国に派遣して、玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)という人間を殺しました。
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