狭木の寺間陵(サキノテラマノミササギ)

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狭木の寺間陵

投稿日時:2017-07-14 21:44:03
漢字・読みサキノテラマノミササギ
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狭木の寺間陵(サキノテラマノミササギ)

狭木の寺間陵(サキノテラマノミササギ)は古事記に登場する比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)の陵墓。日本書紀には記述はない。
比定地
佐紀陵山古墳(奈良県奈良市山陵町)
比定はされているが本当にヒバスヒメのものかは分からない。
殉葬をやめて埴輪を
垂仁天皇(十八)殉葬の禁止」によると、垂仁天皇の同母弟の倭彦が死んだ時、殉葬を強いられた従者のうめき声がひどいので垂仁天皇が殉葬を禁止したとあります。
で殉葬を禁止する代わりに…つまり従者の代わりに埴輪を埋めるようになります。その埴輪を埋めた最初の陵墓が比婆須比売命の陵墓である狭木の寺間陵です。
ただし、殉葬がハッキリと認められる古墳は今の所は見つかっていないのでこの物語は「埴輪を埋める」ための起源の物語であって、「殉葬が実際にあって、それを禁止した」物語ではない、のかもしれない。少なくとも殉葬は必ずしも一般的ではなかった、と思います。
●殉葬の証拠はないが今後は出るかもしれないけど。
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古事記からの引用

垂仁天皇の墓
皇后の比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)の時に石の棺をつくる部民を定めました。またそれまで氏族の有力者が亡くなった場合に従者が生き埋めにされていましたが、従者の代わりに埋める土作りの人形(埴輪)を作る土師部を定めました。この比婆須比売命の墓は狭木の寺間陵にあります。
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