穴門の山田邑に荒御魂を祀る

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神功皇后(十六)穴門の山田邑に荒御魂を祀る

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原文

於是、從軍神、表筒男・中筒男・底筒男三神、誨皇后曰「我荒魂、令祭於穴門山田邑也。」時穴門直之祖踐立・津守連之祖田裳見宿禰、啓于皇后曰「神欲居之地、必宜奉定。」則以踐立爲祭荒魂之神主、仍祠立於穴門山田邑。

現代語訳

軍に従った神の表筒男(ウワツツノオ)・中筒男(ナカツツノオ)・底筒男(ソコツツノオ)の三神は皇后に教えて言いました。
「我が荒魂(アラミタマ)を穴門(アナト=長門=現在の山口県)の山田邑(ヤマダノムラ)で祭りなさい」
その時、穴門直(アナトノアタイ)の祖先の踐立(ホムタチ)・津守連(ツモリノムラジ)の祖先の田裳見宿禰(タモミノスクネ)は皇后に言いました。
「神の居たいと思う土地を必ず定めて奉るべきです」
それで踐立(ホムタチ)をもって荒魂(アラミタマ)を祭る神主(カムヌシ)としました。それで祠(ヤシロ)を穴門(アナト)の山田邑(ヤマダノムラ)に立てました。
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解説

住吉神社について
津守連は大阪府の住吉大社の神主。百済や高麗にも外交大使として渡っていることから、津守氏は「外交」でかなりの権力を持っていたよう。

その一方「穴門の山田邑」に立てた神社が「住吉坐荒御魂神社(現在の下関市一の宮町住吉神社)」です。

大阪の住吉大社に行くと摂社に大海神社(ワダツミ)があり、そこには海幸・山幸神話の関係の名前が並んでいます。おそらく大阪はもともとから海洋貿易港であり、その守り神として「大海神社」があった。そこに住吉の神が流れてきた。日本人は神を選ぶのです。選んで使い捨てる。しかし使い捨てた神を忘れるのではなく、何かの形で残した、そうしないと祟られるからです。

住吉の神を報じたことで大阪は発展した。まぁ、それは偶然なんですが。住吉の神を報じた津守氏は、神功皇后にさらなる発展のために朝鮮航路を開くように求めた。鹿児島→沖縄→台湾という従来の航路も欲しかったが、そこには隼人・熊襲がいた。鹿児島を本拠とする彼らは、大和朝廷には入らなかった。なぜなら、鹿児島が火山灰の土地で米作に適さなかったから。米が作れないと大和朝廷には入れない。入っても意味がない。だから朝鮮の航路を開いた。

大阪の住吉から朝鮮に行く途中の関門海峡が要衝です。ここを抑えられると航路が途切れます。ここは絶対に守らないといけない場所です。だから「荒御魂」を祀ったのです。荒御魂は激しい性質で、神功皇后の朝鮮征伐でも先鋒に立って、敵を蹴散らす役目を持っています。
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