言向け和平し

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言向け和平し

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原文

といひき。故、建御雷神、返り参上りて、葦原中国を言向け和平しつる状を、復奏したまひき。

現代語訳

と、言いました。

建御雷神(タケミカヅチ神)は高天原に上り、葦原中国を平定した経緯を報告しました。

解説

葦原中国を言向け和平し
というわけでタケミカヅチは出雲しいては葦原中国、日本を従わせることに成功し、それを高天原に報告に上っていきました。意味としては、まつろわぬ神々を従わせたというのは、「征服」「占領」といった印象ですが、その表現が「言向け和平し」というのは、ピンときません。

日本の神話の――少なくとも、ここまでは神々の間の戦いと呼べるものはタケミカヅチタケミナカタの相撲もどきくらいのもので、あとはその戦いがあっても、かなり割愛された表現になっています(参考:国を作ったオオクニヌシVS八十神)。

「言向け和平し」というのはかなり、平和的な言い回しです。
纒向遺跡
さて纒向遺跡というものがあります。纒向遺跡は三輪山の近くにある遺跡なのですが、この遺跡が非常に特異です。この遺跡には人が生活した跡がなく、その上、日本各地の土器が集まっているのです。魚の骨などが発見されていますが、どうやら「お供え物」っぽい。つまり纒向遺跡は純粋な宗教施設――当時は宗教と政治は切り離せないので政治的な施設でもある――ということになります。それに各地の土器があるということは、この施設・地域が様々な地域の氏族によって支えられた存在であり、つまり大和朝廷が様々な地域の合議によって支えられたのではないか???とされています。
まぁ、発掘していけば、住居跡がゴッソリ見つかるかもしれないんですけどね。

国譲りの場面の中で、オモイカネと神々が合議して国譲りを迫る策を練るのですが、この辺りの都合が現れたのかもしれません。
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