十五歳で太子(=日嗣の皇子)となり

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即位前紀−1 十五歳で太子(=日嗣の皇子)となり

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原文

神日本磐余天皇 神武天皇
神日本磐余天皇、諱彦火火出見、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊第四子也。母曰玉依姫、海童之少女也。天皇生而明達、意礭如也、年十五立爲太子。長而娶日向国吾田邑吾平津媛、爲妃、生手硏耳命。

現代語訳

即位前紀−1
神日本磐余彦天皇(カムヤマトイワレヒコノスメラミコト)…諱(イミナ)は彦火火出見(ヒコホホデミ)は、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズミコト)の第四子です。母は玉依姫(タマヨリヒメ)という海童(ワダツミ)の少女(ムスメ)です。天皇(スメラミコト)は生まれながらにして頭が良く、心が強い人物でした。15歳で太子(=日嗣の皇子)となりました。その後、日向の国の吾田邑(アタノムラ)の吾平津媛(アヒラツヒメ)を娶って妃として手硏耳命(タギシノミミノミコト)が産まれました。
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解説

諱(イミナ)について
言霊信仰の日本人にとって「名前」とはその人物の本質にあたります。よって、一般的な名前…通称(字【アザナ】)とは別に「本当の名前」であるイミナを持っていました。当然この名前は親や目上といった限られた人物しか口にしてはいけないものです。失礼にあたるとされたからです。

またこのイミナは「死後」の名前でもあります。現代でいうと「戒名」という側面もあるってことです。

昔は漢字文化圏、つまり中国の風習とされていましたが、現在では世界各地に点在する文化で、日本にも古来からあったと思われます。

個人的コラム

ヒコホホデミという異名
彦は本来、「日」「子」で太陽の子であり、統治者という意味を持っています。ホホは「穂々」という意味であり、「火」が当てられているのは、稲穂が実る様子を火が広がるように例えたとも。名前としては皇統に相応しい稲に関する名前です。
でも、ヒコホホデミというと祖父にあたる山幸彦と同じ名前です。個人的には山幸彦の物語は、後に合体したもので、ニニギ→神武というのが本来の物語だったものが、大和朝廷が九州南部を吸収したときに、神話も吸収したために、間に入ったからではないか?と考えています。
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