須賀之八耳神(スガノヤツミミノカミ)

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スガノヤツミミ

漢字・読み須賀之八耳神
別名簀狹之八箇耳(スサノヤツミミ)・稻田宮主簀狹之八箇耳(イナダノミヤヌシスサノヤツミミ)・足名椎(アシナヅチ)
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概要

まとめ
●古事記では須賀之八耳神(スガノヤツミミノカミ)で、アシナヅチの別名。。
日本書紀の本文では稻田宮主神(イナダミヤヌシノカミ)。アシナヅチテナヅチのこと。
日本書紀の一書では稻田宮主(イナダノミヤヌシ)の簀狹之八箇耳(スサノヤツミミ)という名前で出ている。
日本書紀の別の一書では稻田宮主簀狹之八箇耳(イナダノミヤヌシスサノヤツミミ)という名前で、アシナヅテナヅの妻として登場。
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物語・由来

古事記では須賀之八耳神(スガノヤツミミノカミ)はアシナヅチの別名というか、役名です。アシナヅチを宮を管理する役目につけて「須賀之八耳神(スガノヤツミミノカミ)」と呼んだわけです。

日本書紀の本文ではアシナヅチとテナヅチの2柱の神をまとめて「稻田宮主神(イナダミヤヌシノカミ)」と呼んでいます。

日本書紀の八段一書(一)ではアシナヅチ・テナヅチと云う名前は無く、スサノオは稻田宮主(イナダノミヤヌシ)の簀狹之八箇耳(スサノヤツミミ)を娶って子供を産んでいます。

日本書紀の八段一書(二)には他では夫婦であるアシナヅチ・テナヅチが1柱の神にまとめられて、アシナヅテナヅになり、稻田宮主簀狹之八箇耳(イナダノミヤヌシスサノヤツミミ)を妻としています。
まとめてみると
おそらくアシナヅチとテナヅチという夫婦の神がいて、その神を祀っていた。その神を祀っていたのが「スサ」とか「スガ」という土地の「ヤツミミ」という神官か何かだった。
日本では神官は「巫女」ってことが多い。女の方が霊力が強いからです。だから伝承が伝わっていくうちに「アシナヅチとテナヅチ」は一つの神になり、ヤツミミが妻という設定になった地域もあった。神官が神に格上げされるというのは日本の神話ではよくあることです。別の地域ではアシナヅチが神官というポジションに収まった。

まぁアシナヅチ・テナヅチの娘にしろ、アシナヅテナヅがヤツミミを娶って産んだにしろ、娘の名前は「イナダヒメ」であることに変わりない。ということは、これらに関わる神は皆、「穀物神」ってことです。
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性格・能力

日本最初の歌
その後、アシナヅチを呼んで、
「お前が、この宮殿の責任者だ!」
と伝えて任じました。

また(アシナヅチを)
稲田の宮主の須賀之八耳神(スガノヤツミミノカミ)と
名づけました。

第八段本文―3出雲の清地で清々しい
スサノオは命令を下しました。
「私の子(=オオナムチ)の宮殿の首長は脚摩乳(アシナヅチ)・手摩乳(テナヅチ)だ」
それで二柱の神(=アシナヅチ・テナヅチ)を稻田宮主神(イナダミヤヌシノカミ)と名付けました。

第八段一書(一)三名狹漏彦八嶋篠
ある書によると……
スサノオは天から降りてきて、出雲の肥の川の川上に辿り着きました。

そこで稻田宮主(イナダノミヤヌシ)の簀狹之八箇耳(スサノヤツミミ)の娘の稻田媛(イナダヒメ)を娶って、生んだ子を
清(スガ)の湯山主(ユヤマヌシ)の三名狹漏彦八嶋篠(ミナサルヒコヤシマシノ)といいます。

第八段一書(二)安芸国の可愛川での大蛇との戦い
ある書によると……
スサノオは安芸の国の可愛の川(エノカワ)の川上に天から降りてきました。

そこに神が居ました。
神の名前は脚摩手摩(アシナヅテナヅ)といいます。
その妻の名前は稻田宮主簀狹之八箇耳(イナダノミヤヌシスサノヤツミミ)といいます。

第八段一書(二)安芸国の可愛川での大蛇との戦い
稻田宮主簀狹之八箇耳(イナダノミヤヌシスサノヤツミミ)が生んだ子の眞髪觸奇稻田媛(マカミフルクシイナダヒメ)は、出雲の簸の川(ヒノカワ)の川上に引っ越して、長い間養育しました。
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