日本最初の歌

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日本最初の歌

漢字・読みニホンサイショノウタ
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原文

この大神、初めて須賀の宮を作りたまひし時、其地より雲立ち騰りき。爾に御歌を作みたまひき。其の歌は、
  八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
是に其の足名椎神を喚びて、「汝は我が宮の首任れ。」と告言りたまひ、且名を負せて、稲田宮主須賀之八耳神と号けたまひき。

現代語訳

この大神(=スサノオ)が須賀の宮殿を作ったときに
この土地から雲が立ち登りました。
そのときに歌った歌が……
八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
歌の訳何重もの雲が登っていく
雲が八重をなしていく
妻が籠(こも)る宮殿に
八重垣を作ろう
あのすばらしい八重垣を

その後、アシナヅチを呼んで、
「お前が、この宮殿の責任者だ!」
と伝えて任じました。

また(アシナヅチを)
稲田の宮主の須賀之八耳神(スガノヤツミミノカミ)と
名づけました。
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解説

日本最初の歌
歌はその後の歴代天皇もよく歌っています。古事記で語られるような、古い時代だけでなく、江戸時代や明治以降の天皇も歌を残しています。

一説では、歌は呪文のようなもの?
日本人は古来から言葉に霊が宿ると考えていました。言霊というやつです。だから歌は言霊の集合体。歌は呪文のような「力」があると考えていたとされます。

そもそも天皇は祭祀を司るもので、本来の役目は加持祈祷・雨乞いなど。歌を歌うのはその本来の役目に関わる大事な「仕事」なのではないでしょうか。

個人的コラム

歌は天変地異を鎮める
第七段一書(三)-2これほど素晴らしい歌は聞いたことが無い」では、天岩戸に籠ったアマテラスは太玉命(フトダマ)の祝詞に感動して岩戸の外に出て行きます。祝詞(ノリト)は、なんとなく「呪文」のような気がしますが、古代では歌です。
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