第八段一書(六)-4出雲の五十狹々小汀

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第八段一書(六)-4出雲の五十狹々小汀

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原文

初、大己貴神之平国也、行到出雲国五十狹々小汀、而且當飲食。是時、海上忽有人聲。乃驚而求之、都無所見、頃時、有一箇小男、以白蘞皮爲舟、以鷦鷯羽爲衣、隨潮水以浮到。大己貴神、卽取置掌中而翫之、則跳囓其頰。乃怪其物色、遣使白於天神、于時、高皇産靈尊聞之而曰「吾所産兒、凡有一千五百座。其中一兒最惡、不順教養。自指間漏墮者、必彼矣。宜愛而養之。」此卽少彦名命是也。顯、此云于都斯。蹈鞴、此云多多羅。幸魂、此云佐枳彌多摩。奇魂、此云倶斯美拕磨。鷦鷯、此云娑娑岐。

現代語訳

第八段一書(六)-4
(今までのお話の前……)オオナムチが国を平定した頃の話です。出雲の五十狹々小汀(イササノオハマ)に辿り着き、食事をしようとしました。

その時、海の上から人の声が聞こえてきました。
オオナムチは驚いてその声の主を探したのですが、どこにも船も人も見えませんでした。

しばらくして、一人の小さな男が、ガガイモ(植物名)の実の皮で出来た船に乗り、ミソサザイ(鳥の名前)の羽で出来た服を着て、波のまにまに浮かんでやって来ました。

オオナムチはすぐにその神を掌に乗せて玩具にしました。

すると小さな男は怒って、オオナムチの頬にかみつきました。

その形に驚いて、使者を天神に報告すると、これを聞いた高皇産霊尊(タカミムスビ)が言いました。

「わたしが生んだ子は1500座ある。
その中の一人の子は最悪で、教育しても従わなかった。そのうちに指の間からこぼれ落ちてしまった。それが彼だろう。大事にして、育ててなさい」

これが少彦名命(スクナヒコナミコト)です。
顯を于都斯(ウツシ)といいます。蹈鞴は多多羅(タタラ)といいます。幸魂は佐枳彌多摩(サキミタマ)といいます。奇魂は倶斯美拕磨(クシミタマ)といいます。鷦鷯は娑娑岐(ササキ)といいます。

古事記の対応箇所
ガガイモの船に乗り、蛾の服を着た名も無き神
アシハラシコオと兄弟となって
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解説

スクナヒコナ
スクナヒコナは古事記ではカミムスビの子とされ、日本書紀ではタカミムスビの子とされます。ホワイ? もしかするとカミムスビタカミムスビには大きな違いが無かったのかもしれません。

スクナヒコナは最悪の悪戯っ子であるが故に、タカミムスビの元から逃れ、葦原中国でオオナムチ(オオクニヌシ)と共に国づくりをすることになります。これってスサノオの経緯(高天原の狼藉→追放→大蛇退治)に似ている、と思いませんか??

おそらく、何かしらの罪を犯してしまうような「鬼」が後に成果を出す、という物語が日本の英雄の原型なんでしょう。
1500座
なぜ? 神を数える単には「柱」なのに、ここでは「座」なのでしょうか?? 個人的な解釈ですが、かつては神を「座」と数えていたのではないでしょうか? 柱と数えるようになったのは、世界を天地という分け方をして以降で、それ以前は「座」だったのでは??
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