勝門比売

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勝門比売

投稿日時:2019-04-30 16:13:58
漢字・読みカチトヒメ
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勝門比売

勝門比売(カチトヒメ)は古事記に登場する「岩」の名前。「末羅県の玉島里」の小川の岩。玉島里は現在の「佐賀県東松浦郡浜崎玉島町(浜玉町)」。
日本書紀には対応する名前が見られないが、カチトヒメと同じものと思われる「石」は登場する。

カチトとは?

日本では岩を信仰対象にしていたので、岩に名前をつけることは不思議じゃない。磐座(イワクラ)です。
カチト(カチド)という名前の「ト」は「大和(ヤマト)」「岩戸」「江戸」「港(=ミナト=水戸=水門)と同じで、何かの入り口や「周辺の土地」を表しているので、カチトの「カチ」は地形の名前だと思われます。例えば「磯(岩が多い海岸)」とか「河口」とか「砂浜」とか「干潟」とか「滝」とか。
おそらく神事
古事記には神功皇后が玉島里の川の岩(=勝門比売)の上で米を餌にして釣りをして鮎を釣るという物語になっています。日本書紀によれば神功皇后は玉嶋里で食事をした後に米を釣り針につけて鮎(年魚)を誓約で釣り上げています。
おそらく玉島里にはそういう神事があったんでしょうね。米を餌にしているということは、稲の豊作を占う神事だったんだろうと思います。鮎は「年魚」と書くように「一年」を象徴するものです。日本では大歳神(オオトシガミ)を穀物神と考えている訳で、鮎をそういう穀物神そのものか、穀物神の使者と捉えていたのでしょう。河で魚を釣るわけですから、その河の水を使って「水耕稲作」をしていたのでしょうね。
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古事記からの引用

筑紫の末羅県の玉島里
それでその川を「小河」といいます。
またその礒(=岩=磯)の名前を勝門比売(カチトヒメ)といいます。

日本書紀からの引用

神功皇后(五)火前国松浦国・梅豆羅国の地名説話
仲哀天皇即位9年)夏4月3日。北の火前国(ヒノミチノクチノクニ=肥前国)の松浦県(マツラノアガタ=末羅県=魏志倭人伝の末廬国?)に到着して玉嶋里(タマシマノサト)の小河のほとりで食事をしました。そこで皇后は針を勾(マ=曲)げて鉤(チ=釣針)をつくって、粒(ヒイボ=米粒)を取って餌にして、裳(ミモ=衣服)の糸を取って緡(ツリノオ=釣り糸)にして河の中の石の上に登って、鉤(チ)を投げて、祈(ウケイ=誓約)をして言いました。
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