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大中津比売命
投稿日時:2018-05-27 16:27:40漢字・読み | オオナカツヒメノミコト |
大中津比売命
大中津比売命(オオナカツヒメノミコト)は古事記に登場する人物名。女性。古事記内では「大中比売命」とも表記され、表記の揺れがある。彼女の父親の大江王も大枝王という記述の揺れがある。父親は古事記によると大江王(大枝王)、母親は銀王で、どちらも景行天皇(12代)の皇子・皇女。つまり異腹兄妹の結婚。当時は珍しいものではなかった。
仲哀天皇(14代)と結婚し、香坂王・忍熊王を産む。大中津比売命は景行天皇の孫にあたり、血筋から考えれば大中津比売命が「皇后」なのだが、実際は後から結婚した神功皇后が「皇后」となり、実質的な女性天皇にまでなっている。また神功皇后と大中津比売命の子供の香坂王・忍熊王が敵対し、香坂王・忍熊王が2人とも死んでいることを考えると、この辺りは実質的な「女系」の血統の交代があったと考えたほうが自然なんじゃないかと思う。
仲哀天皇(14代)と結婚し、香坂王・忍熊王を産む。大中津比売命は景行天皇の孫にあたり、血筋から考えれば大中津比売命が「皇后」なのだが、実際は後から結婚した神功皇后が「皇后」となり、実質的な女性天皇にまでなっている。また神功皇后と大中津比売命の子供の香坂王・忍熊王が敵対し、香坂王・忍熊王が2人とも死んでいることを考えると、この辺りは実質的な「女系」の血統の交代があったと考えたほうが自然なんじゃないかと思う。
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出自と子孫
出自
父大江王(大枝王)…景行天皇の皇子
母銀王…景行天皇の皇女…大江王の異腹の妹
婚姻と子孫
古事記によると
父仲哀天皇
母大中津比売命(オオナカツヒメ)…大江王(オオエ)の娘
日本書紀によると
父仲哀天皇
母大中姫(オオナカヒメ)…彦人大兄(ヒコヒトノオオエ)の娘
父大江王(大枝王)…景行天皇の皇子
母銀王…景行天皇の皇女…大江王の異腹の妹
大名方王(オオナガタ)
大中比売命
大中比売命
婚姻と子孫
古事記によると
父仲哀天皇
母大中津比売命(オオナカツヒメ)…大江王(オオエ)の娘
香坂王(カゴサカノミコ)
忍熊王(オシクマノミコ)
忍熊王(オシクマノミコ)
日本書紀によると
父仲哀天皇
母大中姫(オオナカヒメ)…彦人大兄(ヒコヒトノオオエ)の娘
麛坂皇子(カゴサカノミコ)
忍熊皇子(オシクマノミコ)
忍熊皇子(オシクマノミコ)
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引用
古事記からの引用
迦具漏比売命から大中比売命へ
穴門の豊浦、筑紫の訶志比宮
日本書紀からの引用
仲哀天皇(四)皇后と妃とその子息
迦具漏比売命から大中比売命へ
このオオエ王が腹違いの妹である銀王(シロガネ)を娶って生んだ子供が大名方王(オオナガタ)、大中比売命(オホナカツヒメ)です。
大中比売命(オホナカツヒメ)は香坂王(カゴサカノミコ)・忍熊王(オシクマノミコ)の母です。
大中比売命(オホナカツヒメ)は香坂王(カゴサカノミコ)・忍熊王(オシクマノミコ)の母です。
穴門の豊浦、筑紫の訶志比宮
仲哀天皇は大江王(オオエ)の娘である大中津比売命(オオナカツヒメ)を娶って、香坂王(カゴサカノミコ)・忍熊王(オシクマノミコ)の2柱が生まれました。
日本書紀からの引用
仲哀天皇(四)皇后と妃とその子息
即位2年春1月11日。氣長足姫尊(オキナガタラシヒメノミコト)を皇后としました。これ以前に叔父の彦人大兄(ヒコヒトノオオエ)の娘の大中姫(オオナカヒメ)を娶って妃としていました。麛坂皇子(カゴサカノミコ)・忍熊皇子(オシクマノミコ)を生みました。
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