大吉備建比売(オオキビタケヒメ)

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大吉備建比売

投稿日時:2018-01-02 11:58:02
漢字・読みオオキビタケヒメ
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大吉備建比売(オオキビタケヒメ)

まとめ
ヤマトタケルの妃の一人。
日本書紀では吉備穴戸武媛(キビノアナトノタケヒメ)と統一人物と思われる。
●古事記では吉備臣建日子の妹。日本書紀では吉備武彦(キビノタケヒコ)の娘。
ヤマトタケルは東征に古事記でも日本書紀でも吉備の関係者を連れて東征している。特に日本書紀の吉備武彦は東征での重要人物であり、彼の親族を妃にしても不思議ではない。

物語・由来

大吉備建比売(オオキビタケヒメ)は古事記に登場する人物名。日本書紀では吉備穴戸武媛(キビノアナトノタケヒメ)と同一人物だと思われます。古事記では吉備臣建日子の妹。日本書紀では吉備武彦(キビノタケヒコ)の娘。
ヤマトタケルの妃となって古事記では建貝児王(タケカイコ)を生み、日本書紀では武卵王(タケカヒゴノミコ)、十城別王(トオキワケノミコ)を生んでいます。
女性。
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名前から考える

大吉備建比売という名前はどー考えても「吉備臣建日子」と対の名前。古事記では二人は兄妹になっていて、おそらく兄妹ってのが神話の本来の形式だったのだと思われます。その子供の名前が「カイコ(蚕)」という音を含む名前である「建貝児王(タケカイコ)・武卵王(タケカヒゴノミコ)」ということは、吉備には養蚕があった名残ではないかと。養蚕が大和よりは早くに始まった?のではないかなと。まぁ、推測中の推測なんですが。

配偶者や子孫

古事記によると
記述なし
配偶者記述なし
吉備臣建日子
大吉備建比売(オオキビタケヒメ)

ヤマトタケル
大吉備建比売(オオキビタケヒメ)
建貝児王(タケカイコ)


日本書紀によると
吉備武彦(キビノタケヒコ)
配偶者記述なし
吉備穴戸武媛(キビノアナトノタケヒメ)

ヤマトタケル
吉備穴戸武媛(キビノアナトノタケヒメ)
武卵王(タケカヒゴノミコ)
十城別王(トオキワケノミコ)
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引用

古事記からの引用
ヤマトタケルの子孫・系譜
吉備臣建日子(キビノオミタケヒコ)の妹の大吉備建比売(オオキビタケヒメ)を娶って生んだ子が建貝児王(タケカイコ)です。


日本書紀からの引用
景行天皇(四十五)日本武尊の妃と子女
吉備武彦(キビノタケヒコ)の娘の吉備穴戸武媛(キビノアナトノタケヒメ)を妃として、武卵王(タケカヒゴノミコ)と十城別王(トオキワケノミコ)を生みました。
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