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意富多牟和気
投稿日時:2017-12-14 19:23:40漢字・読み | オオタムワケ |
意富多牟和気(オオタムワケ)
物語・由来
意富多牟和気(オオタムワケ)は古事記に登場する人物名。性別は不明。近江の安国造(ヤスノクニノミヤツコ)の祖先。日本書紀には対応する人物名は見られない。ただし、古事記では意富多牟和気の娘の布多遅比売(フタジヒメ)とその子供の稲依別王(イナヨリワケ)は日本書紀では兩道入姫皇女(フタジノイリビメノヒメミコ)・稻依別王(イナヨリワケノミコ)として登場する…が、これも変。
文章じゃややこしいが
古事記によれば垂仁天皇の皇女である「布多遅能伊理毘売命(フタジノイリビメ)」が景行天皇の妃となっていて仲哀天皇を生んでいる。この布多遅能伊理毘売命(フタジノイリビメ)はつまり日本書紀では兩道入姫皇女(フタジノイリビメノヒメミコ)なのだけど、古事記では似たような名前で出自の全く違う布多遅比売(フタジヒメ=意富多牟和気の娘)が登場し、産んだ子供を分け合っている。この辺りは混同なのか(つまり記述ミスや編纂でのミス)、神話が混ざったのか。ちょっと文章で書いただけではややこしい。
で、古事記での垂仁天皇の皇女ではない方の「布多遅比売(フタジヒメ)」の親が「意富多牟和気(オオタムワケ)」。
文章じゃややこしいが
古事記によれば垂仁天皇の皇女である「布多遅能伊理毘売命(フタジノイリビメ)」が景行天皇の妃となっていて仲哀天皇を生んでいる。この布多遅能伊理毘売命(フタジノイリビメ)はつまり日本書紀では兩道入姫皇女(フタジノイリビメノヒメミコ)なのだけど、古事記では似たような名前で出自の全く違う布多遅比売(フタジヒメ=意富多牟和気の娘)が登場し、産んだ子供を分け合っている。この辺りは混同なのか(つまり記述ミスや編纂でのミス)、神話が混ざったのか。ちょっと文章で書いただけではややこしい。
で、古事記での垂仁天皇の皇女ではない方の「布多遅比売(フタジヒメ)」の親が「意富多牟和気(オオタムワケ)」。
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名前で考える
意富多牟和気の名前は応神天皇の本名である「ホンダワケ」に似ている。また垂仁天皇とサホビメの子供の本牟智和気(ホムチワケ・ホムツワケ)にも似ている。ワケは「別ける」という意味で、傍流という意味である!とよく言われるんですが、「血を分ける」という意味があり、同時に「血を分けたもの」…つまり「若者」という意味もある。日本では「若い」とはパワーと未来のある存在であり、単純に傍流…正統ではないというマイナスの意味ではないです。
個人的には、「ホムツ」「ホムダ」というのは本来は「炎(ホムラ)」で、通して考えると「若い炎」とか「種火」とかそんな意味合いであり、「火(ホ)」は「穂」でもあり、太陽神と穀物神と拝火の感覚を兼ね備えた、割とよくあるネーミングだったと考える方が自然に思います。珍しい名前じゃなかったってだけじゃないかと。もちろん、ネーミングが近いという事は文化的な感覚が近いということでもあります。
個人的には、「ホムツ」「ホムダ」というのは本来は「炎(ホムラ)」で、通して考えると「若い炎」とか「種火」とかそんな意味合いであり、「火(ホ)」は「穂」でもあり、太陽神と穀物神と拝火の感覚を兼ね備えた、割とよくあるネーミングだったと考える方が自然に思います。珍しい名前じゃなかったってだけじゃないかと。もちろん、ネーミングが近いという事は文化的な感覚が近いということでもあります。
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引用
古事記からの引用
ヤマトタケルの子孫・系譜
日本書紀からの引用
景行天皇(四十五)日本武尊の妃と子女
ヤマトタケルの子孫・系譜
近江の安国造(ヤスノクニノミヤツコ)の祖先の、意富多牟和気(オオタムワケ)の娘の布多遅比売(フタジヒメ)を娶って生んだ子が稲依別王(イナヨリワケ)です。
日本書紀からの引用
景行天皇(四十五)日本武尊の妃と子女
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