熊野で意識を失う

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熊野で意識を失う

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原文

故、神倭伊波礼毘古命、其地より廻り幸して、熊野村に到りましし時、大熊髣に出で入りて即ち失せぬ。ここに神倭伊波礼毘古命、たちまちにをえまし、また御軍も皆をえて伏しき。

現代語訳

神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ命)はそこから南に回り、熊野村に到着しました。
すると、大熊髣(オオクマホノカ)がチラリと姿を見せて居なくなりました。

すると神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ命)は突然、意識を失いました。
同行した兵士達もみな気を失ってしまいました。
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解説

熊野(クマノ)は和歌山県東牟婁郡(ヒガシムロ)あたりの古い地名。クマという音は「神」と同じ意味を持ちます。よってイワレビコたちの前に現れた「大熊髣(オオクマホノカ)」は大きな熊と訳されることもありますが、大和朝廷と敵対した異民族か、その異民族の氏神とされます。
現在ではオオクマホノカという神ではなく、「大きな熊(=神)がほのか(=突然)に現れた」という意味だとされます。


オオクマホノカはイワレビコ達を呪術かなにかで、意識混濁させてしまいます。この神武東征では当然ながら、オオクマホマレが悪役ですが、神武天皇はオオクマホノカ側からみると、明らかに侵略者です。彼らが抵抗するのは至極当然。
簡単にはいかない東征
同じような抵抗氏族――と思われるもの――に土蜘蛛・リョウメンスクナ(両面宿儺)があります。

地方で抵抗勢力だった氏族隼人族は、最後がみっともない結末とはいえ、「山幸彦・海幸彦」では重要な役割を見せています(海幸彦は隼人の祖先とされる)。

個人的コラム

病気か?
部下たちが倒れたのは、疫病ではないか?と言われます。
古代では現在ほどは人の行き来が少ないため、病気やウィルスに触れる頻度が少ないです。となると、その土地土地に土着の病気があり、新しい土地に訪れるとその土地の病気に感染し、重病化しやすいわけです。

それで神武天皇一行は熊野で病気になった。
古代では病気は魔の起こすことですから、これは神のそれだと考える。
それが「オオクマ」が「ホノカ」に現れるという表現になったわけです。
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