血沼海(チヌノウミ)

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チヌノウミ

漢字・読み血沼海
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血沼海(チヌノウミ)

古事記では血沼海(チヌノウミ)。
日本書紀では茅淳山城水門(チヌノヤマキノミナト…別名が山井水門)が対応してます。
まとめ
●古事記・日本書紀ではナガスネヒコに反抗されて矢を受けた五瀬命がその傷を洗った場所が「血沼海」。
●つまり血を洗い流した場所。物語ではそう。
日本書紀では「茅淳」と書かれるので、茅萱が生えていた場所ではないか。しかし、物語を読む限りは、「血の穢れを洗い流した」場所となる。その両方が「血沼海」のなのではないか??

物語・由来

神武東征で大阪に訪れた神武天皇一行はナガスネヒコと戦いになります。そのとき、イツセ命が矢を手に受けて、その傷を洗った場所が「血沼海(チヌノウミ)」です。古事記では「血沼」という表記は人物名の一部として懿徳天皇のページで「血沼之別(チヌノワケ)」、垂仁天皇の治世では池の名前として「血沼池」が登場します。
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チヌの意味

チヌは日本書紀では「茅渟」と表記される。で、茅渟は大阪府和泉地方の古い名前。血沼・血渟・珍努・珍・千沼などとも書かれます。和泉国和泉郡とその周辺部をも含んだ地域名。正確な範囲は不明。同地域に面する海をチヌの海と呼んだ。

で、チヌはどういう意味なのかというと、日本書紀を素直に読む限り……まぁ、茅萱(チガヤ)が生えている場所のことでしょう。カヤが生えている湿地帯があったとかね。血を洗ったとかどうこうというのは後付けかも。

しかし、物語を素直に考えれば「恐ろしい穢れ」を洗い落とすのが、血沼海(チヌノウミ)…となると、イザナギ黄泉の国の穢れを「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(アワギハラ)」で禊をして洗い流したのと同じか近い「神話」が元になっているだけじゃないか?とも思うのです。

日本が穢れを嫌い、穢れを洗い流すことを風習としていたならば、当然、「穢れを洗い流す」と言う神話を各地で持っていたはずです。それが「血沼」なのでは。
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古事記からの引用

手痛い矢を受けるイツセ命
「わたしは日の神の皇子なのに
日に向かって戦ってしまった。
これは良くなかった。
だから、卑しい奴に痛手を負わされた。
これからは回り道をして、太陽を背にして戦おう」
と誓い、南から回って血沼海に到着して
その手の血を洗いました。
それで「血沼海(チヌノウミ)」と呼ぶようになりました。

日本書紀からの引用

五月丙寅朔癸酉 五瀬命の雄叫びと死
五月の八日。
イワレビコの軍隊は茅淳(チヌ)の山城(ヤマキ)の水門(ミナト)…別名を山井水門(ヤマノイノミナト)に到着しました。
茅淳は智怒(チヌ)と読みます。
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