五百木之入日売命(イホキノイリヒメ)

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五百木之入日売命

投稿日時:2017-09-06 15:52:29
漢字・読みイホキノイリヒメ
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五百木之入日売命(イホキノイリヒメ)

五百木之入日売命(イホキノイリヒメ)は古事記に登場する人物。日本書紀では五百城入姫皇女(イホキイリビメノミコ)と表記します。
皇族。
女性。
父親は景行天皇(12代)、母親は八尺之入日売命日本書紀では八坂入媛)。配偶者・子孫の記述はない。
名前から考える
どう考えても兄の五百木之入日子命(イホキノイリヒコ)とは対の神様だったはずです。しかし五百木之入日子命は古事記によれば志理都紀斗売を娶り、品陀真若王を産み、その娘が応神天皇の皇后・妃となり、仁徳天皇が生まれています。本来は志理都紀斗売のポジションは五百木之入日売命だったんじゃないかな?なんて思います。

イホキは沢山の木という意味で、森とか樹霊信仰の女神だったのだと思います。
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出自

古事記によると
景行天皇
八尺之入日売命
若帯日子命(ワカタラシヒコ)…成務天皇
五百木之入日子命(イホキノイリヒコ)…尾張連の祖先に建伊那陀宿禰の娘の志理都紀斗売を娶って、品陀真若王を有無。品陀真若王は応神天皇の3人の妃の親。
押別命(オシワケ)
五百木之入日売命(イホキノイリヒメ)


日本書紀によると
景行天皇
八坂入媛
稚足彦天皇(ワカタラシヒコノスメラミコト=成務天皇
五百城入彦皇子(イホキイリビコノミコ)
忍之別皇子(オシノワケノミコ)
稚倭根子皇子(ワカヤマトネコノミコ)…異伝では景行天皇と播磨稻日大郎姫の子供…ヤマトタケルの弟として書かれている。
大酢別皇子(オオスワケノミコ)
渟熨斗皇女(ヌノシノヒメミコ)
渟名城皇女(ヌナキノヒメミコ)
五百城入姫皇女(イホキイリビメノミコ)
麛依姫皇女(カゴヨリヒメノヒメミコ)
五十狹城入彦皇子(イサキイリビコノミコ)
吉備兄彦皇子(キビノエヒコノミコ)
高城入姫皇女(タカキイリビメノヒメミコ)応神天皇の妃に
弟姫皇女(オトヒメノヒメミコ)…応神天皇の妃に
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引用

古事記からの引用
景行天皇の皇后と皇子
また八尺入日子命(ヤサカノイリヒコ=崇神天皇の皇子の八坂之入日子命)の娘の八尺之入日売命(ヤサカノイリヒメ)を娶って生んだ子供が
若帯日子命(ワカタラシヒコ)
五百木之入日子命(イホキノイリヒコ)
押別命(オシワケ)
五百木之入日売命(イホキノイリヒメ)
です。

日本書紀から引用
景行天皇(五)妃達とその皇子と皇女
第一子は稚足彦天皇(ワカタラシヒコノスメラミコト=成務天皇)
第二子は五百城入彦皇子(イホキイリビコノミコ)
第三子は忍之別皇子(オシノワケノミコ)
第四子は稚倭根子皇子(ワカヤマトネコノミコ)
第五子は大酢別皇子(オオスワケノミコ)
第六子は渟熨斗皇女(ヌノシノヒメミコ)
第七子は渟名城皇女(ヌナキノヒメミコ)
第八子は五百城入姫皇女(イホキイリビメノミコ)
第九子は麛依姫皇女(カゴヨリヒメノヒメミコ)
第十子は五十狹城入彦皇子(イサキイリビコノミコ)
第十一子は吉備兄彦皇子(キビノエヒコノミコ)
第十二子は高城入姫皇女(タカキイリビメノヒメミコ)
第十三子は弟姫皇女(オトヒメノヒメミコ)
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