伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)

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伊那毘能若郎女

投稿日時:2017-09-27 12:01:13
漢字・読みイナビノワカイラツメ
別名稲日稚郎姫・播磨稲日大郎姫
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伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)

伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)は古事記に登場する人物名。日本書紀には稲日稚郎姫という同じ「音」の名前が見られるが姉の「播磨稲日大郎姫(ハリマノイナビノオオイラツメ)」の別名として記述されている。

古事記では伊那毘能大郎女(イナビノオオイラツメ)の妹。伊那毘能大郎女孝霊天皇の皇子の若建吉備津日子の娘であるので、伊那毘能若郎女も当然、孝霊天皇の孫に当たる(ハズ)。

古事記では景行天皇の妃となり、子供をもうけている。日本書紀では播磨稲日大郎姫の別名ですが、播磨稲日大郎姫としては大碓・小碓(=ヤマトタケル)を生んでいます。となると伊那毘能若郎女はヤマトタケルの母親という言い方もできますね。
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婚姻と子孫

古事記によると
大帯日子淤斯呂和気命景行天皇
伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)…伊那毘能大郎女(イナビノオオイラツメ)の妹
真若王(マワカ)
日子人之大兄王(ヒコヒトノオオエ)

引用

古事記からの引用
景行天皇の皇后と皇子2
伊那毘能大郎女(イナビノオオイラツメ)の妹の伊那毘能若郎女(イナビノワカイラツメ)を娶って生んだ子供は、
真若王(マワカ)
日子人之大兄王(ヒコヒトノオオエ)
です。


日本書紀からの引用
景行天皇(二)大碓と小碓の出産
景行天皇即位2年春3月3日。
播磨稲日大郎姫(ハリマノイナビノオオイラツメ)
ある伝によると稲日稚郎姫(イナビノワキイラツメ)といいます。
郎姫は異羅菟咩(イラツメ)と読みます。
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