阿豆麻(アズマ)

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阿豆麻

投稿日時:2017-11-07 20:19:40
漢字・読みアズマ
別名吾嬬
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阿豆麻(アズマ)

まとめ
●東国平定を終え、足柄峠で無くした妃…「弟橘比売」を思い出して呟いた言葉が「ああ、妻よ」。これが「アズマ」の語源とされる。
●東は太陽が昇る方角のこと。
●「アズマ」は関東東北を意味することであって、方角を表す言葉とは限らない。

物語・由来

阿豆麻(アズマ)は古事記に登場する言葉。「東」を意味する言葉。日本書紀では「吾嬬」と記述される。
由来
ヤマトタケルが東国に行って平定するように父親の景行天皇に命じられます。東国に行く途中、海で船が立ち往生してしまったので、妻の弟橘比売が海に身を捧げて海を鎮めてどうにか海を渡り、上総国あたりに到着します。そこから東国を平定して、大和に帰ることになり、足柄峠を越えた時に、三度ため息をついて、
「ああ、妻よ」
と言います。それが「東(アズマ)」の語源となりました。
アズマとは方向ではない
東(ヒガシ)はどうやら「日向かし」が語源で太陽が登ることが語源なんですが、「アズマ」は、関東・東北あたりの地域を指す「言葉」だったようです。古事記・日本書紀に書いてあることを、そのままに受け入れるならばそういうことになります。で、そのアズマの語源は、失った妻を思ってヤマトタケルが呟いた…「アァ、妻よ」だというわけです。
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アズマの語源は「安曇」では?

個人的な意見ですが、このアズマ…本来は九州の安曇氏のことじゃないかと。安曇氏は本来は「海人住み(アマスミ)」で、彼らが移り住んだ土地には阿曇・安曇・厚見・厚海・渥美・阿積・泉・熱海・飽海とよく似た名前がつくとされます。熱海まで安曇氏がいたのならば、そのまま海流に流されれば当然、「東国」に行くわけで、何にも不思議じゃないと。

引用

古事記からの引用
足柄山の白い鹿
ヤマトタケルはその坂に登り、三度ため息をついて
「あぁ、妻よ」
と言いました。
それで、この辺りを阿豆麻(アヅマ)と呼ぶようになりました。

纏向の 日代宮は 朝日の 日照る宮 夕日の 日翔る宮

日本書紀からの引用
景行天皇(三十六)東国の地名説話
その時、日本武尊は毎日、弟橘媛(オトタチバナヒメ)を偲ぶ心がありました。それで碓日嶺(ウスヒノミネ)に登って、東南(タツミノカタ)を見て、三回嘆いて言いました。
「吾嬬はや(アズマハヤ)」
嬬は菟摩(ツマ)と読みます。
それで山の東の諸国を「吾嬬国(アズマノクニ)」といいます。ここから道を分けて、吉備武彦(キビノタケヒコ)を越国(コシノクニ)へと派遣し、その地形のあり方や人民の順不(マツロイマツロワヌ)を監察させました。
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