刀を取り替える策略

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刀を取り替える策略

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原文

ここに倭建命、「いざ刀合はせむ」と誂(アトラ)へて云りたまひき。ここに各その刀を抜く時、出雲建、詐の刀を得抜かざりき。すなはち倭建命その刀を抜きて、出雲建を打ち殺したまひき。ここに御歌に曰りたまはく、

やつめさす 出雲建(イズモタケル)が 佩(ハ)ける刀 黒葛(ツヅラ)さは巻き さ身無しにあはれ

とうたひたまひき。かれ、かく撥(ハラ)ひ治めて、参上りて覆奏したまひき。

現代語訳

倭建命ヤマトタケルミコト)は
「さぁ、刀を合わせよう」
と戦いを申し出た。

倭建命(ヤマトタケルミコト)と出雲建(イズモタケル)は刀を抜こうとしたが、出雲建の刀は偽者だったので、抜けなかった。

倭建命(ヤマトタケルミコト)は刀を抜き、出雲建を切り殺した。そして歌を歌った。
やつめさす 出雲建(イズモタケル)が 佩(ハ)ける刀 黒葛(ツヅラ)さは巻き さ身無しにあはれ
歌の訳出雲建が身に着けていた刀は、鞘につるが沢山巻いてあって、派手なんだが、刃が無くては意味が無い。おかしいなぁ。

そうして倭建命(ヤマトタケルノミコト)は出雲を平定し、大和に帰って報告をしました。
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解説

刀を取り替えて、切り殺す。なんて汚い。ヤマトタケルは前回に続いて、策略で平定。

ところでこの刀を取り替える話は古事記ではヤマトタケル、つまり景行天皇の段ですが、日本書紀では祟神天皇の段に似た話が残っています。
崇神天皇六十年七月の条:天穂日命(アメノホヒ)の子武夷鳥(タケヒナトリ)が天から持ってきたという神宝を提出するよう祟神天皇が出雲に命じました。そのとき神宝を守っていた出雲振根(イズモフルネ)は留守で、弟の飯入根(イイイリネ)が子の鵜濡渟(ウカツクヌ)と弟の甘美韓日狭(ウマシカラヒサ)に宝を持たせて献上してしまいます。それで兄イズモフルネに刀を取り替えて殺してしまいます。

つまり、出雲にあった伝承を記紀が取り込むときに、どこに差し込んだのか?の違いです。

つまりこの話は伝承。
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