顕宗天皇(日本書紀)

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顕宗天皇(日本書紀)

投稿:2015年06月30日 更新:2015年06月30日

要約

安康天皇即位3年10月 父の市辺押磐皇子と従者の佐伯部仲子が蚊屋野で大泊瀬天皇(=雄略天皇)に殺される。日下部連使主と吾田彦が幼い顕宗天皇と仁賢天皇を丹波国の余社郡へ逃し、播磨国の赤石郡で丹波小子と名乗って縮見屯倉首に仕えた。
清寧天皇即位2年11月 伊予来目部小楯が赤石郡で顕宗天皇と仁賢天皇を発見。清寧天皇に報告する。
清寧天皇即位3年1月 二人が宮へ到着。
清寧天皇即位3年4月 仁賢天皇を皇太子に。顕宗天皇を皇子に。
清寧天皇即位5年1月 清寧天皇が崩御。二人は天皇位を譲りあったので、飯豊青皇女が忍海角刺宮で実務を行った。
清寧天皇即位5年11月 飯豊青皇女が崩御。
清寧天皇即位5年12月 仁賢天皇が譲り、顕宗天皇が即位。
顕宗天皇即位1年1月 即位の所信表明。恩赦を行う。
即位1年2月 父の市辺押磐皇子の遺骨を探す。老女の言葉通り蚊屋野で発見する。老女の置目を宮の近くに住まわす。置目のために縄を張り、鈴を設置する。
即位1年3月 後苑で曲水宴を催す。
即位1年4月 来目部小楯を山官に任命。山部連となる。
即位1年5月 父殺害に関わった狹々城山君韓帒宿禰を誅殺しようとするが、土下座したので許し、墓守と山守にして山部連に隷属させた。倭帒宿禰は妹の置目のおかげで狹々城山君となる。
即位1年6月 避暑殿で奏楽。宴会をする。
即位2年3月 後苑で曲水宴を催す。臣下たちと宴会をする。
即位2年8月 父を殺した雄略天皇の墓を暴いて遺骨に罰を与えようとするが、兄の仁賢天皇に止められる。
即位2年9月 置目が帰る。
即位2年10月 群臣と宴会をする。
即位3年2月 阿閉臣事代が任那に行く。月神が神託をして「祖先が高皇産霊が
天地が溶け合ったものを作った。私を祭れ」と述べた。歌荒樔田に月神を祀った。
即位3年3月 後苑で曲水宴を催す。
即位3年4月 日神が阿閉臣事代に神託をして「磐余の田を高皇産霊に献上しろ」と述べる。その通りにして対馬下県直に祭らせた。福草部を設置。顕宗天皇が崩御(年齢の記載なし)。

「顕宗天皇(日本書紀)」のページ一覧

Page1 顕宗天皇(一)出自と所信表明
Page2 顕宗天皇(二)丹波小子と名を変え縮見屯倉首に仕える
丹波小子と名を変え縮見屯倉首に仕える
Page3 顕宗天皇(三)弘計王と億計王の譲り合い
弘計王と億計王の譲り合い
Page4 顕宗天皇(四)室寿の言葉
室寿の言葉
Page5 顕宗天皇(五)築き立てる稚室葛根
築き立てる稚室葛根
Page6 顕宗天皇(六)茅原の、浅茅原の王の弟だ
茅原の、浅茅原の王の弟だ
Page7 顕宗天皇(七)朕には子がいない。皇子たちを嗣としよう
朕には子がいない。皇子たちを嗣としよう
Page8 顕宗天皇(八)飯豊青皇女は忍海角刺宮で臨朝秉政しました。
飯豊青皇女は忍海角刺宮で臨朝秉政しました。
Page9 顕宗天皇(九)兄の友愛と弟の恭敬
兄の友愛と弟の恭敬
Page10 顕宗天皇(十)位を譲る億計は高ぶり涙を流す
位を譲る億計は高ぶり涙を流す
Page11 顕宗天皇(十一)即位と皇后と複数の宮
Page12 喧騒天皇(十二)近江国の狹々城山君の祖先の倭帒宿禰の妹の置目
近江国の狹々城山君の祖先の倭帒宿禰の妹の置目
Page13 顕宗天皇(十三)髑髏は分けたが四支諸骨は分けられず陵を二つ作る
髑髏は分けたが四支諸骨は分けられず陵を二つ作る
Page14 顕宗天皇(十四)縄を張って引き渡して出入りする置目
縄を張って引き渡して出入りする置目
Page15 顕宗天皇(十五)曲水宴と山部連小楯
曲水宴と山部連小楯
Page16 顕宗天皇(十六)倭帒と韓帒の対処
倭帒と韓帒の対処
Page17 顕宗天皇(十七)父の仇とは同じ天を戴かない
父の仇とは同じ天を戴かない
Page18 顕宗天皇(十八)陵墓を壊さない二つの理由
陵墓を壊さない二つの理由
Page19 顕宗天皇(十九)近江へ帰る置目・天下安泰で稲斛は銀銭1文
近江へ帰る置目・天下安泰で稲斛は銀銭1文
Page20 顕宗天皇(二十)月の神の宣託・歌荒樔田に祠を立てる
月の神の宣託・歌荒樔田に祠を立てる
Page21 顕宗天皇(二十一)日神「磐余の地を高皇産霊に献上しろ」
日神「磐余の地を高皇産霊に献上しろ」
Page22 顕宗天皇(二十二)生磐宿禰の謀略・帯山城を築く
生磐宿禰の謀略・帯山城を築く