第七段一書(二)-2 吉棄物・凶棄物・白和幣・青和幣

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第七段一書(二)-2 吉棄物・凶棄物・白和幣・青和幣

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原文

時、中臣遠祖天兒屋命、則以神祝祝之。於是、日神、方開磐戸而出焉。是時、以鏡入其石窟者、觸戸小瑕、其瑕於秡今猶存、此卽伊勢崇祕之大神也。已而、科罪於素戔鳴尊而責其秡具、是以、有手端吉棄物、足端凶棄物。亦以唾爲白和幣、以洟爲靑和幣、用此解除竟、遂以神逐之理逐之。送糞、此云倶蘇摩屢。玉籤、此云多摩倶之。秡具、此云波羅閉都母能。手端吉棄、此云多那須衞能餘之岐羅毗。神祝祝之、此云加武保佐枳保佐枳枳。遂之、此云波羅賦。

現代語訳

第七段一書(二)-2
中臣氏の遠い祖先の天兒屋命(アメノコヤネ)はこれらの準備したもので、神を祀り祝いました。

これで日の神は岩戸を開いて出てきました。そのときに鏡を岩屋に入れたのですが、戸に当たって傷が付いてしまいました。その傷は今でも在ります。この鏡が現在の伊勢神社の大神です。

神々はスサノオの罪を問い、その罪をあがなうにふさわしいものを出させました。手の爪を吉棄物(ヨシキライモノ)、足の爪を凶棄物(アシキライモノ)、唾を白和幣(シラニキテ=木綿の布)、鼻水を青和幣(アオニキテ)として出させ、それで罪を祓ったとし、そして高天原から追放するべきとして、追放してしまいました。
古事記の対応箇所
思金神の策
なにごとかと覗く
日の光が戻る
罰を与える八百万の神々
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解説

アマテラスと鏡
鏡はアマテラスの代替なのか? それとも鏡そのものが神宝であり、神なのか? これは両方です。まずアマテラスの信仰は古事記が成立する数十年前に始まったもので古いものではありません。それ以前に伊勢に祀られていたのはアマテラスではない太陽神です。

それよりもっと前では、太陽そのものを信仰し、鏡は太陽の象徴であり、神でした。それがアマテラス信仰と重なり、鏡はアマテラスの象徴とか代替となってしまいました。
スサノオの爪とツバと鼻水
吉棄物(ヨシキライモノ)は罪を清めるためのもので福を招くものとか。凶棄物(アシキライモノ)は罪を祓うためのもの。これといった分かりやすい説明ってのが本やサイトには無く、ハッキリとは分からないみたいです。

私はもっとストレートに、イザナギが目を洗ってアマテラスとツキヨミが生まれたように、スサノオの霊威が強いがために、爪やツバ・鼻水には特別な力があり、それが吉棄物・凶棄物・白和幣・青和幣になった、という解釈です。

しかしそれではおかしいところがあります。爪はともかく、ツバと鼻水が白和幣・青和幣となるのはおかしい。なにせサカキを玉櫛にする件で和幣が登場しているからです。

スサノオのツバや鼻水が和幣になったのならば、つじつまが合わない…気がします。「★第七段一書(二)-1日神が臭くなる」では白和幣・青和幣とは書かれていませんが、「幣」と本文には書かれています。もちろん幣と白和幣・青和幣が全く別のものという可能性はあります。

個人的にはスサノオのツバや鼻水が白和幣・青和幣となったという神話が元々あったのだろうと思います。スサノオは風や嵐を意味しているなら、ツバや鼻水はまさに「雨」「嵐」「台風」といったものでしょう。白和幣・青和幣にそういう意味があったとしてもおかしくありません。
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