第九段一書(五)天孫の苦しい言い訳

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第九段一書(五)天孫の苦しい言い訳

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原文

一書曰、天孫、幸大山祇神之女子吾田鹿葦津姫、則一夜有身、遂生四子。故吾田鹿葦津姫、抱子而來進曰「天神之子、寧可以私養乎。故告狀知聞。」是時、天孫見其子等嘲之曰「姸哉、吾皇子者。聞喜而生之歟。」故吾田鹿葦津姫、乃慍之曰「何爲嘲妾乎。」天孫曰「心疑之矣、故嘲之。何則、雖復天神之子、豈能一夜之間、使人有身者哉。固非我子矣。」是以、吾田鹿葦津姫益恨、作無戸室、入居其內誓之曰「妾所娠、若非天神之胤者必亡、是若天神之胤者無所害。」則放火焚室、其火初明時、躡誥出兒自言「吾是天神之子、名火明命。吾父何處坐耶。」次火盛時、躡誥出兒亦言「吾是天神之子、名火進命。吾父及兄何處在耶。」次火炎衰時、躡誥出兒亦言「吾是天神之子、名火折尊。吾父及兄等何處在耶。」次避火熱時、躡誥出兒亦言「吾是天神之子、名彦火火出見尊。吾父及兄等何處在耶。」然後、母吾田鹿葦津姫、自火燼中出來、就而稱之曰「妾所生兒及妾身、自當火難、無所少損。天孫豈見之乎。」報曰「我知本是吾兒。但一夜而有身、慮有疑者。欲使衆人皆知是吾兒、幷亦天神能令一夜有娠。亦欲明汝有靈異之威・子等復有超倫之氣。故、有前日之嘲辭也。」梔、此云波茸、音之移反。頭槌、此云箇步豆智。老翁、此云烏膩。
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現代語訳

第九段一書(五)
ある書によると…

天孫(=ニニギ)は大山祇神(オオヤマヅミ)の娘の吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)に出会って、すぐに一晩で妊娠しました。そして四人の子を生みました。

吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)は子供たちを抱いて、(天孫の元へと)来て言いました。
「天神(アマツカミ)の子をどうして、私の一存で育てられましょうか?? だから出産の報告をお知らせに来ました」

このとき、天孫(アメミマ=ニニギ)はその子供たちを見て、笑って言いました。
「怪しげなことだ。
わたしの皇子は沢山生まれたものだなぁ」

吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)は怒りました。
「どうして私を笑うのですか?」

天孫(アメミマ)は言いました。
「心に疑念があるからだ。
だから笑うのだ。
わたしがいくら天神(アマツカミ)の子と言っても、どうして一晩で妊娠させられるだろうか?? その子供は私の子供ではないだろう」

それを聞いて、吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)はますます恨んで、窓や戸の無い小屋を造り、その中に入って誓約をして言いました。
「わたしが妊娠したのが、もしも天神(アマツカミ)の子でなければ、必ず死んでしまう。この子がもし、天神(アマツカミ)の子であれば、傷一つ負わない」
そして火をつけて小屋を焼きました。

その火のつき始めに声を上げて飛び出した子が居ました。
その子が言うには
「わたしは天神(アマツカミ)の子!
名前は火明命(ホノアカリノミコト)!!
わたしの父は何処にいるのですか!!」

次に火が盛んになったときに、声を上げて飛び出した子がまた言いました。
「わたしは天神(アマツカミ)の子!!
名前は火進命(ホノススミノミコト)!
わたしの父と兄はどこにいるのですか!!」

次に火が衰えて来たときに声を上げて飛び出した子がまた言いました。
「わたしは天神(アマツカミ)の子!!
名前は火折尊(ホノオリノミコト)!
わたしの父と兄たちはどこですか!!」

次に火の熱が冷めて来たときに声を上げて飛び出した子がまた言いました。
「わたしは天神(アマツカミ)の子!!
名前は彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)!
わたしの父と兄たちはどこですか!!」

その後に母の吾田鹿葦津姫(アタカシツヒメ)は燃え残りの中から出て来て、天孫の前に出て言いました。
「わたしは生んだ子も私の体も、自分から火の中に入っても、全く傷つく事がありませんでした。
あなたはそれを見ていましたよね」

天孫(アメミマ=ニニギ)は答えました。
「私は我が子と知っていた。
ただの一晩で妊娠したということを疑うものが、この中に居ると思い、衆人に、子供たちが私の子であるということと、天神(アマツカミ)は一晩で妊娠させられることを知らせたいと思ったのだ。
あなた(=吾田鹿葦津姫)はとても強い霊力を持っていて、子供たちも同じように、優れた霊力を持っていると、この衆人にハッキリさせたいと思ったから、先ほどのように嘲笑した言葉を言ったのだ」
梔は波茸(ハジ)と言います。音は「之移」の返しです。頭槌は箇歩豆智(カブツチ)と読みます。老翁は烏膩(オヂ)と読みます。

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解説

かっこわるいなぁ
子供を抱えて出て来た吾田鹿葦津姫に対して、「え、それ、俺の子じゃないでしょ? だって一回しかしてないじゃん!」と言ったがために、怒らせ、火の誓約をすることになります。そして誓約に成功して火の中から子供たちと吾田鹿葦津姫が帰還すると、
「あぁ、ま、実は知っていたんだよね。
部下が疑ってるだろうから、あぁ言ったんだけど、俺は最初から信じてたよ。だって天孫なんだもん! 知らないわけないよね!!」

解説を書いてても痛々しい。
ニニギの冷や汗が目に浮かぶよう。

個人的コラム

この吾田鹿葦津姫の物語は九州南部の神話です。つまり大和朝廷とは違う系統の神話です。
●九州南部は沖縄・台湾・中国南部との交易の窓口だった。そこからの利益は大きかったから、大和朝廷は神話に大きく取り入れたと思います。


つまり、吾田鹿葦津姫の出産は別の神話の「創世」を組み込んだ結果なのではないか? もしくは東南アジアに繋がる日向地域に伝わった創世神話が、変容したものではないか? というのが私の考えです。

ニニギの焦りの理由
いや、ニニギは焦ってない、のでは?と思います。
古代においてはセックスをしたら子供が生まれるということは分かっていましたが、どういうメカニズムで妊娠するのかまでは分かっていませんでした。子宮があって、卵子があって、卵子と精子が結びついて…というのは解剖学や医学が発達したからこその知識であり、それを学校で習うからこそ私たちは知っているのであって、古代の人はそんなことは知りません。

だから「一回で妊娠することもある」ということをハッキリと神話の中で語っておいた方が、後継者争いにならないで済む、ということがあったんじゃないでしょうか。

記紀で語られる物語は、ハッキリいってアマテラスから編纂当時の天皇までの血脈の証明です。それは(編纂以前の神話の)古代でも大事な問題だったはずです。特に男系となると尚更です。

女系では母親から娘に権力が引き継がれます。母と娘の親子関係は誰の目にも分かります。ところが男系は分からない。セックスをしたから子供が出来るのですが、セックスをしたから、その子供が実子とは限らない。女が嘘をつくこともある。しかし、そんなことを言っていたら、毎回後継者が本当に息子かで揉めてしまう。どこかで、ケリをつける必要があった。その根拠としてこの神話が活用されたのではないか??とも思います。
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