第九段一書(六)—1天火明と天津彦根火瓊瓊杵根尊

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第九段一書(六)—1天火明と天津彦根火瓊瓊杵根尊

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原文

一書曰、天忍穗根尊、娶高皇産靈尊女子●(木編と考えるの上部分と下に丁【誤字と思われる】)幡千千姫萬幡姫命・亦云高皇産靈尊兒火之戸幡姫兒千千姫命、而生兒天火明命、次生天津彦根火瓊瓊杵根尊。其天火明命兒天香山、是尾張連等遠祖也。及至奉降皇孫火瓊瓊杵尊於葦原中国也、高皇産靈尊、勅八十諸神曰「葦原中国者、磐根・木株・草葉、猶能言語。夜者若熛火而喧響之、晝者如五月蠅而沸騰之」云々。

現代語訳

第九段一書(六)—1
ある書によると…
天忍穗根尊(アメノオシホネノミコト)は高皇産靈尊(タカミムスビミコト)の娘の栲幡千千姫萬幡姫命(タクハタチヂヒメヨロズハタヒメノミコト)…別名を高皇産靈尊(タカミムスビノミコト)の子の火之戸幡姫(ホノトハタヒメ)の子の千千姫命(チヂヒメノミコト)を娶って生んだ子が、天火明命(アマノホノアカリノミコト)、次に天津彦根火瓊瓊杵根尊(アマツヒコネホノニニギノミコト)を生みました。

その天火明命(ホノアカリノミコト)の子の天香山(アマノカグヤマ)は尾張連(オワリノムラジ)の遠い祖先です。

皇孫(スメミマ)の火瓊瓊杵尊(ホノニニギノミコト)を葦原中国(アシハラナカツクニ)に降ろされたときに、高皇産靈尊(タカミムスビノミコト)は八十諸神(ヤソモロカミ=たくさんの神)に命じました。

「葦原中国は大きな岩、木の株、草葉もよく言葉を話す。夜は火の粉のように騒がしく、昼は五月の蠅のようにうるさい」
云々(シカシカ)
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解説

火明命がニニギの兄として
日本書紀の他のページでは、ニニギの子として登場する火明命がここではニニギの兄弟。
参考:第九段一書(五)天孫の苦しい言い訳 第九段一書(二)—6一晩だけで妊娠させられるのか?? 第九段本文―9 事勝国勝長狹の国
ということは立場上は火明命も「天孫」となります。

個人的コラム

栲幡千千姫萬幡姫命って二人分じゃないか?
栲幡千千姫萬幡姫命って「栲幡千千姫・萬幡姫命」で二人分ではないでしょうか?? 嫁を二人娶った、という意味かもしれませんが、「母・娘」という血統の名前ではないか?と個人的に推測。
もしかしてニニギは吾田鹿葦津姫が生んだ火の兄弟の一人だったのではないか????
と、ちょっと思いましたね。
ニニギの「火瓊瓊杵根尊」に「火」が入っていることと、その母のタクハタチヂヒメの異説の「火之戸幡姫」にも「火」があるのはそのためなのかも。

想像するに、日本人は九州南部を通って来た。九州南部は海の交易の窓口だったし、文化流入の入り口であり、技術の流入の入り口だった。

そこで火の三兄弟が生まれる物語が生まれた。生まれたというよりは、東南アジアなどの神話がやってきたのでしょう。それは「誓約」をベースにした物語だったかどうかは分からない。おそらく関係なかった。

そこに稲作技術が入って来た。ところが九州南部は水はけが良すぎて稲作に適していない。だから九州南部では「火」と「稲穂」が結びつかなかった。その後、稲作技術が「火の三兄弟の出産物語」とともに、畿内に到達した。しかし畿内ではかつてのように「火」は重視されなかった。それより「稲穂」の方が大事だった。物語の中から「火」が消えて「稲穂」の話がメインになり、「火の三兄弟の出産物語」はほぼ消えた。それがこのページの前半部分ではないか?と。

その後、畿内の大和朝廷が九州南部を勢力下においた。ただし当時の大和朝廷は緩やかな共和国制度で、主従関係は薄い。当時も現役の「海の交易の入り口」だった九州南部は重要な共和国の一員であり、火の三兄弟出産物語がまだ現役だったので神話に組み込まれた。

●畿内の火の神話と九州南部の火の神話は時代とともに変容しただろうから、どのくらい同じものだったかは分からないし、分かりようも無い。
吾田鹿葦津姫の火の神出産は、イザナミによるカグツチ出産の物語と似ています。
●遺跡から女性の体を模したランプが見つかっていて、「女性から火が生まれる」というのは古代の共通観念だったと思われます。


もしかすると古事記や日本書紀で語られる火の三兄弟のうち、山幸海幸ではない影の薄い一人は、もともとは「ニニギ」だったのでは?? という考えです。
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