古語拾遺16 造殿の斎部

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古語拾遺16 造殿の斎部

投稿日時:2019-04-02 23:50:35
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原文

仍 令天富命 【太王命之孫也】 率手置帆負彦狹知二神之孫 以齋斧 齋鉏始採山材 構立正殿 所謂 底都磐根仁宮柱布都之利立 高天乃原爾搏風高之利 皇孫命乃美豆乃御殿乎造奉仕也 故 其裔 今在紀伊国名草郡御木 麁香二郷 【古語 正殿謂之麁香】 採材齋部所居 謂之御木 造殿齋部所居 謂之麁香 是其証也

現代語訳

天富命(アメノトミノミコト)…太玉命の孫…が、手置帆負(タオキホオイ)と彦狹知(ヒコサシリ)の2柱の神の孫を率いて、斎斧(イミオノ)・斎鉏(イミスキ)で、初めて山の木を採って、正殿(ミアラカ)を作り建てました。底の岩根に宮柱(ミヤハシラ)を建てて、高天原のように搏風(チギ=神社などの屋根の上にあるもの)は高く、皇孫命(スメミマノミコト)の御殿を作り、奉りました。その子孫は今、紀国名草郡の御木(ミキ)と麁香(アラカ)の2郷に居ます。
古語では正殿は麁香(アラカ)と言います。

木材を採取する斎部の居る所は御木(ミキ)といいます。正殿を作った斎部の居る所は麁香(アラカ)といいます。これはその証明です。
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解説

古語拾遺は斎部氏が書いたものなので、斎部を押すのはしょうがない。そのせいで、日本書紀では見られない記述があるのはありがたいですね。
天富命(アメノトミノミコト
太玉命(=アメノフトダマ)の孫だという神様ですが、他では見たことのない神様
手置帆負
古語拾遺2天中の三髪と氏祖系譜には「讚岐国忌部祖也」とあります。日本書紀第九段一書(二)—3大物主神を祀った始まりによると、「手置帆負神を笠を作る作笠者(カサヌイ)とした」あとあるので、ざっくり「木工の神の一柱」ってところでしょうか。古語拾遺6日神の石窟幽居(2)にも登場し、天岩戸での儀式で使う用具の作成を指揮しています。
彦狹知
古語拾遺2天中の三髪と氏祖系譜では「紀伊国忌部祖也」とあります。日本書紀第九段一書(二)—3大物主神を祀った始まりには「彦狹知神を盾を作る作盾者(タテヌイ)としました」とあります。手置帆負とはセットになっていますね。木工の神なんでしょう。ただ、ここでいう「木工」というのは儀式で使う木の道具という意味だと思われます。
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