飯野真黒比売命(イイノマグロヒメ)

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飯野真黒比売命

投稿日時:2018-01-27 10:46:13
漢字・読みイイノマグロヒメ
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概要

まとめ
●父親は杙俣長日子王
●飯野真黒比売命は日本書紀には対応する人物名は見られない。
ヤマトタケルと弟橘姫の子供の若建王(ワカタケル)と結婚し須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)を生んでいる。

飯野真黒比売命(イイノマグロヒメ)

飯野真黒比売命(イイノマグロヒメ)は古事記に登場する人物名。日本書紀では同一人物と思われる名前は見られない。父親は杙俣長日子王(クイマタナガヒコ)。日本書紀の河派仲彦(カワマタナカツヒコ)はおそらく同一人物。古事記では杙俣長日子王ヤマトタケルの孫にあたり、飯野真黒比売命はヤマトタケルのひ孫に当たる。
ヤマトタケルと弟橘姫の子供の若建王(ワカタケル)と結婚し須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)を生んでいる。
女性。
遠縁ではあるが皇族になる。
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解説

奇妙な系譜
飯野真黒比売命はヤマトタケルと弟橘姫の子供の若建王(ワカタケル)と結婚して子供をもうけ、その子孫の迦具漏比売命がヤマトタケルの父親の景行天皇と子供(大江王)をもうけています。これはありえないことなんですが、古事記にはそう書いてあります。これに関しては「書き写しのミス」というのが定説。
香坂王・忍熊王の先祖
さらにその大江王の子孫が「大中比売命(オホナカツヒメノミコト)」であり、彼女は仲哀天皇との間に「香坂王(カゴサカノミコ)・忍熊王(オシクマノミコ)」をもうけ、この二者が神功皇后と敵対関係になります。

古事記の物語上、この二人は「悪役」であるはずなんで、このような出自をわざわざ書くことはないのですが(隠蔽してしまってもいいはず)、こうして書くということはそれなりに事実なのかもしれないと思います。それなりに、ですよ。
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出自と子孫

古事記によると
ヤマトタケル
ある妻

息長田別王
配偶者不明
杙俣長日子王(クイマタナガヒコ)

杙俣長日子王(クイマタナガヒコ)
配偶者不明
飯野真黒比売命(イイノマグロヒメ)
息長真若中比売(オキナガマワカナカツヒメ)…応神天皇の妃となり若沼毛二俣王(ワカヌケフタマタ)を産む。
弟比売(オトヒメ)=百師木伊呂弁(モモシキイロベ)別名が弟日売真若比売命(オトヒメマワカヒメノミコト)=若沼毛二俣王と結婚した。

若建王(ワカタケル)…ヤマトタケルと弟橘姫の子
飯野真黒比売
須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)

須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)
近江の柴野入杵(シバノイリキ)の娘
迦具漏比売命(カグロヒメノミコト)…景行天皇の妃となり大江王を産む。
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引用

古事記からの引用
ヤマトタケルの子孫・系譜
またある夫人が生んだ子が息長田別王(オキナガタワケ)です。

息長田別王の子孫
息長田別王(オキナガタワケ)の子が杙俣長日子王(クイマタナガヒコ)です。
この杙俣長日子王の子供が、飯野真黒比売命(イイノマグロヒメ)、次に息長真若中比売(オキナガマワカナカツヒメ)、次に弟比売(オトヒメ)の三柱です。

迦具漏比売命への系譜
先に述べた若建王(ワカタケル)が飯野真黒比売(イイノマグロヒメ)を娶って、生んだ子供が須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)です。
この王が近江の柴野入杵(シバノイリキ)の娘を娶って産んだ子供が迦具漏比売命(カグロヒメノミコト)です。

日本書紀からの引用
応神天皇(二)即位、皇后と妃と子息子女
次の妃として河派仲彦(カワマタナカツヒコ)の娘の弟媛(オトヒメ)が稚野毛二派皇子(ワカノケフタマタノヒコ)を生みました。
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