訶具漏比売(カグロヒメ)

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訶具漏比売

投稿日時:2017-10-09 11:31:51
漢字・読みカグロヒメ
別名迦具漏比売
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訶具漏比売

訶具漏比売(カグロヒメ)・迦具漏比売(カグロヒメ)は古事記に登場する人物名。日本書紀に対応する人物名は見られない。ただし、孫にあたる大中津比売命は日本書紀にも大中姫として見られる。
女性。
出自としてはヤマトタケルの玄孫。
しかし、ヤマトタケルの玄孫でありながら、ヤマトタケルの父の景行天皇の妃でもある。景行天皇(12代)から見ると自分の息子の玄孫と結婚したってことになる。そんなわけがない。
もう一人のカグロヒメ
また応神天皇(15代)の妃の中に「迦具漏比売(カグロヒメ)」という女性が見られる。応神天皇から見て景行天皇は曽祖父にあたり、二人に同一人物が嫁いだということはありえない。創作であるということではなく、「カグロヒメ」という名前は一般的で、珍しくないステレオタイプな名前だったのだと思われます。
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物語・由来

子孫について
訶具漏比売と景行天皇の間に生まれた大枝王(大江王とも)の娘が大中津比売命(日本書紀では大中姫)。彼女は仲哀天皇(14代)の妃となり、香坂王・忍熊王を生んでいます。この兄弟は異腹弟の応神天皇の即位を不服として神功皇后と戦い、死んでいます。これで訶具漏比売の血筋は歴史の中から消えてしまいます。
神功皇后とカグロヒメ
神功皇后は物語ではヒロインですが、体制から考えれば「下克上」を果たした人物です。で、体制派…というか本来の主流派は訶具漏比売の血筋だったのでしょう。だから神功皇后VS香坂王・忍熊王という図式が生まれた(のかなと)。古事記を読む限り、訶具漏比売は血統を丁寧に説明されている感があり、ここで血筋が絶えるとはいえ、神話(歴史)の中では特別視されるだけのものがあったのだと思います。
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出自と子孫

出自
倭建命…景行天皇の皇子
弟橘比売命
若建王(ワカタケル)

若建王(ワカタケル)
飯野真黒比売(イイノマグロヒメ)
須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)

須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)
近江の柴野入杵(シバノイリキ)の娘
迦具漏比売命(カグロヒメノミコト…景行天皇の妃


配偶者と子孫
大帯日子淤斯呂和気命=景行天皇
訶具漏比売(カグロヒメ)…倭建命(ヤマトタケル)の曾孫の須売伊呂大中日子王(スメイロオオナカツヒコ)の娘
大枝王(オオエ)…大江王…彼の娘の大中津比売命(日本書紀では大中姫)が仲哀天皇(14代)の妃になっていて、その子供が香坂王・忍熊王。この兄弟は神功皇后との争いに破れて死亡。
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古事記からの引用

景行天皇の皇后と皇子2
また倭建命(ヤマトタケル)の曾孫の須売伊呂大中日子王(スメイロオオナカツヒコ)の娘の訶具漏比売(カグロヒメ)を娶って生んだ子供が
大枝王(オオエ)
です。

迦具漏比売命への系譜
先に述べた若建王(ワカタケル)が飯野真黒比売(イイノマグロヒメ)を娶って、生んだ子供が須売伊呂大中日子王(スメイロオホナカツヒコ)です。

この王が近江の柴野入杵(シバノイリキ)の娘を娶って産んだ子供が迦具漏比売命(カグロヒメノミコト)です。

迦具漏比売命から大中比売命へ
大帯日子天皇(オオタラシヒコ=景行天皇)がこの迦具漏比売命(カグロヒメ)を娶って生んだ子供が、大江王(オオエ)です。
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