伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリヒコイサチノミコト)

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伊玖米入日子伊沙知命

漢字・読みイクメイリヒコイサチノミコト
別名垂仁天皇
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伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリヒコイサチノミコト)

伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリヒコイサチノミコト)は垂仁天皇(11代)のこと。崇神天皇(10代)の息子。
記述
古事記では伊玖米入日子伊沙知命。
日本書紀では活目尊(イクメノミコト)、活目入彦五十狹茅天皇(イクメイリヒコイサチノスメラミコト)。

古事記では師木の玉垣宮(タマガキノミヤ)。
日本書紀では纒向珠城宮(マキムクノタマキノミヤ)。
年齢
古事記では153歳で崩御。
日本書紀では24歳で皇太子。即位99年140歳で崩御。

古事記では菅原の御立野の中。
日本書紀では菅原伏見陵(スガワラノフシミノミササギ)。
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物語・由来

垂仁天皇治世下の事件
大雑把に書きます細かく言えばいろいろありますが…
●サホビコとサホビメの兄弟愛と反乱があった。
●反乱の中でどうにかサホビメと垂仁天皇の間に生まれた品牟都和気命(ホムツワケ)を救い出したのですが、品牟都和気命は口がきけなかった。大人になっても治らなかったが、出雲の神の祟りだと分かり、出雲へ行きなんとか完治する。
●サホビメの遺言で丹波の娘たちを后妃に迎えた。が、姉妹のうち歌凝比売命(ウタゴリヒメ)・円野比売命(マトノヒメ)は送り返され円野比売命は自殺。
●多遅多摩毛理(タヂマモリ)に橘を探しに行かせる。


日本書紀での活動は
http://nihonsinwa.com/column/novel/27.html
を参照してください。
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出自

古事記での
崇神天皇
御真津比売命(ミマツヒメノミコト)…大毘古命(オオビコノミコト)の娘
伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリヒコイサチノミコト=垂仁天皇)
伊耶能真若命(イザノマワカノミコト)
国片比売命(クニカタヒメノミコト)
千々都久和比売命(チチツクワヒメノミコト)
伊賀比売命(イガヒメノミコト)
倭日子命(ヤマトヒコノミコト)


日本書紀での
崇神天皇
御間城姫(ミマキヒメ)…出自の記述はない
活目入彦五十狹茅天皇(イクメイリヒコイサチノスメラミコト=垂仁天皇)
彦五十狹茅命(ヒコイサチノミコト)
国方姫命(クニカタヒメノミコト)
千々衝倭姫命(チチツクヤマトヒメノミコト)
倭彦命(ヤマトヒコノミコト)
五十日鶴彦命(イカツルヒコノミコト)

婚姻と子孫

古事記によると
伊久米伊理毘古伊佐知命(イクメイリビコイサチノミコト=垂仁天皇)
佐波遅比売命(サワジヒメ)=沙本毘古命(サホビコ)の妹の沙本毘売命(サホビメ命)
品牟都和気命(ホムツワケ)…別名が本牟智和気命(ホムチワケ)

伊久米伊理毘古伊佐知命
氷羽州比売命(ヒバスヒメ)…旦波比古多々須美知宇斯王(タニハノヒコタタスミチノウシ)の娘…別名が比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)
印色入日子命(イニシキノイリヒコ)
大帯日子淤斯呂和気命(オホタラシヒコオシロワケ)景行天皇
大中津日子命(オホナカツヒコ)…山辺之別(ヤマノベノワケ)・三枝之別(サキクサノワケ)・稲木之別(イナキノワケ)・阿太之別(アダノワケ)・尾張国の三野別(ミノノワケ)・吉備の石无別(イワナシノワケ)・許呂母之別(コロモノワケ)・高巣鹿之別(タカスカノワケ)・飛鳥君(アスカノキミ)・牟礼之別(ムレノワケ)の祖先。
倭比売命(ヤマトヒメ…天照大神を伊勢に祀った
若木入日子命(ワカキイリヒコ)

伊久米伊理毘古伊佐知命
沼羽田之入毘売命(ヌバタノイリビメ)…氷羽州比売命の妹
沼帯別命(ヌタラシワケ)
伊賀帯日子命(イガタラシヒコ)

伊久米伊理毘古伊佐知命
阿耶美能伊理毘売命(アザミノイリヒメ)…沼羽田之入毘売命の妹
伊許婆夜和気命(イコバヤワケ)…沙本(サホ)の穴太部之別(アナホベノワケ)の祖先。
阿耶美都比売命(アザミツヒメ)…稲瀬毘古王(イナセビコ)に嫁ぐ

伊久米伊理毘古伊佐知命
迦具夜比売命(カグヤヒメ)…大筒木垂根王の娘
袁耶弁王(オザベ)

伊久米伊理毘古伊佐知命
苅羽田刀弁(カリハタトベ)…大国之淵(オオクニノフチ)の娘
落別王(オチワケ)…小月之山君・三河之衣君の祖先
五十日帯日子王(イカタラシヒコ)…春日山君・高志池君・春日部君の祖先。
伊登志別王(イトシワケ)…伊登志部(イトシベ)を定める

伊久米伊理毘古伊佐知命
弟苅羽田刀弁(オトカリハタトベ)…大国之淵(オオクニノフチ)の娘
石衝別王(イハツクワケノミコ)…羽咋君・三尾君の祖先
石衝毘売命(イハツクビメ)…別名が布多遅能伊理毘売命(フタヂノイリビメ)で倭建命(ヤマトタケル)の妻。

婚姻と子孫

日本書紀によると
活目入彦五十狹茅天皇(イクメイリビコイサチノスメラミコト)=垂仁天皇
狹穗姫(サホビメ)…狹穗彦王の妹
譽津別命(ホムツワケノミコト)

活目入彦五十狹茅天皇
日葉酢媛(ヒバスヒメ)=皇后
五十瓊敷入彦命(イニシキイリビコノミコト)
大足彦尊(オオタラシヒコノミコト)
大中姫命(オオナカツヒメノミコト)
倭姫命(ヤマトヒメノミコト)
稚城瓊入彦命(ワカキニイリビコノミコト)

活目入彦五十狹茅天皇
渟葉田瓊入媛(ヌハタニイリビメ)…日葉酢媛の妹
鐸石別命(ヌテシワケノミコト)
膽香足姫命(イカタラシヒメノミコト)

活目入彦五十狹茅天皇
眞砥野媛(マトノヒメ)…日葉酢媛の妹
子供の記述なし

活目入彦五十狹茅天皇
薊瓊入媛(アザミニイリビメ)…日葉酢媛の妹
池速別命(イケハヤワケノミコト)
稚淺津姫命(ワカアサツヒメノミコト)

活目入彦五十狹茅天皇
山背苅幡戸邊(ヤマシロノカリハタトベ)
祖別命(オオジワケノミコト)
五十日足彦命(イカタラシヒコノミコト)…石田君の始祖
膽武別命(イタケルワケノミコト)

活目入彦五十狹茅天皇
綺戸邊(カニハタトベ)…山背大国不遲(ヤマシロオオクニノフチ)の娘
磐衝別命(イワツクワケノミコト)…三尾君(ミオノキミ)の始祖
もう一人、古事記でヤマトタケルの妻となった両道入姫命(=古事記での石衝毘売命)の名前があるべきだが、日本書紀の垂仁天皇紀では見られない。ただし「仲哀天皇(一)立太子と出自」ではヤマトタケルの妃で「両道入姫命は垂仁天皇の娘」という記述がある。
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