垂仁天皇(日本書紀)

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垂仁天皇(日本書紀)

投稿:2014年10月29日 更新:2014年10月29日
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要約

即位1年10月 纒向に都を移す(珠城宮)。蘇那曷叱智の帰国と任那と新羅の確執。異説として都怒我阿羅斯等の帰国と任那と新羅の確執。異説として阿羅斯等と白い石の童女の物語。
即位3年3月 新羅の王子の天日槍の来日。異説。
即位4年9月 狹穗彦王の謀反の計画。
即位5年 皇后(狹穗姫)による垂仁天皇の暗殺未遂と謀反の沈静化。皇后の死。
即位7年7月 當摩蹶速と野見宿禰の試合。
即位23年 誉津別王と白鳥の物語。
即位25年 天照大神を祀っていた豊耜入姬命(=崇神天皇の娘)から倭姬命(垂仁天皇と皇后の娘)に変更し、天照大神を五十鈴川(=現在の伊勢神宮)へ移す。
即位26年 物部十千根大連に命じて出雲の神宝を調べ、手に入れた。
即位27年 神に武器を捧げるようになる。
即位28年 天皇の同母弟の倭彦命が死に、多くの人を殉葬する。垂仁天皇はこれ以降の殉葬を禁止。
即位30年 皇太子の決定。
即位32年 皇后の葉酢媛命の死。野見宿禰の提案により殉葬の代わりに埴輪を利用するようになる。
即位34年 山背苅幡戸邊を娶る。亀と白い石の物語。
即位35年 高石池と茅渟池と狹城池と迹見池と800の水路を作る。
即位37年 皇太子を任命。
即位39年10月 五十瓊敷命が剣千口を石上神宮に奉納する。物部氏の始まり。
即位87年2月 五十瓊敷命は大中姫命と物部十千根大連に石上神宮の神宝の管理を託す。
即位88年10月 但馬にあった天日槍が持ち込んだ神宝を手に入れる。
即位90年2月 田道間守を常世国へ派遣。
即位99年7月 垂仁天皇崩御(140歳)。


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「垂仁天皇(日本書紀)」のページ一覧

Page1 垂仁天皇(一)出自と人間性
Page2 垂仁天皇(二)皇后と皇子、任那の新羅への恨み
皇后と皇子、任那の新羅への恨み
Page3 垂仁天皇(三)任那の由来
任那の由来
Page4 垂仁天皇(四)黄牛が白い石に
黄牛が白い石に
Page5 垂仁天皇(五)羽太玉・足高玉・鵜鹿々赤石玉・出石小刀・出石桙・日鏡・熊神籬
羽太玉・足高玉・鵜鹿々赤石玉・出石小刀・出石桙・日鏡・熊神籬
Page6 垂仁天皇(六)天日槍は諸国を巡り
天日槍は諸国を巡り
Page7 垂仁天皇(七)兄と妹の謀反
Page8 垂仁天皇(八)皇后狹穗姬の告白
皇后狹穗姬の告白
Page9 垂仁天皇(九)倭日向武日向彥八綱田
倭日向武日向彥八綱田
Page10 垂仁天皇(十)初めての相撲
日本初の相撲。相撲の由来?
Page11 垂仁天皇(十一)五(イツトリ)の女
五(イツトリ)の女
Page12 垂仁天皇(十二)鵠(クグイ)の追跡
鵠(クグイ)の追跡
Page13 垂仁天皇(十三)湯河板舉は鳥取造に
湯河板舉は鳥取造に
Page14 垂仁天皇(十四)先代の功績
先代天皇の功績を引き継ぐ
Page15 垂仁天皇(十五)大神は鎮座する国を探して彷徨う
大神は鎮座する国を探して彷徨う
Page16 垂仁天皇(十六)もう一つの天照大神の祭祀物語
もう一つの天照大神の祭祀物語
Page17 垂仁天皇(十七)出雲の神宝と神社へ兵器を祭る始まり
出雲の神宝と神社へ兵器を祭る始まり
Page18 垂仁天皇(十八)殉葬の禁止
Page19 垂仁天皇(十九)「お前たち、それぞれ欲しいものを言え」
「お前たち、それぞれ欲しいものを言え」
Page20 垂仁天皇(二十)土部を出雲から呼び、埴輪を作らせる
土部を出雲から呼び、埴輪を作らせる
Page21 垂仁天皇(二十一)山背の綺戸邊
山背の綺戸邊と亀と白い石
Page22 垂仁天皇(二十二)高石池・茅渟池・狹城池・迹見池を作る
高石池・茅渟池・狹城池・迹見池を作る
Page23 垂仁天皇(二十三)十箇の品部と石上神宮、物部首の始祖
十箇の品部と石上神宮、物部首の始祖
Page24 垂仁天皇(二十四)天神庫も樹梯のまにまに
天神庫も樹梯のまにまに
Page25 垂仁天皇(二十五)清彦と出石子刀
清彦と出石子刀
Page26 垂仁天皇(二十六)出石子刀は淡路島へ。天日槍は但馬に泊まる。
出石子刀は淡路島へ。天日槍は但馬に泊まる。
Page27 垂仁天皇(二十七)田道間守と非時香菓。天皇の崩御。
田道間守と非時香菓。天皇の崩御。
Page28 垂仁天皇(二十八)田道間守は三宅連の始祖
田道間守は三宅連の始祖
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