持統天皇(日本書紀30巻)

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持統天皇(日本書紀30巻)

投稿:2016年02月25日 更新:2016年02月25日

要約

大きな事件
即位前 大津皇子の謀反と自殺
即位元年 天武天皇の殯の儀式
即位10年 高市皇子の死
即位11年 孫である軽皇子(=文武天皇)へ譲位

「持統天皇(日本書紀30巻)」のページ一覧

Page1 持統天皇(一)出自と即位の経緯
Page2 持統天皇(二)臨朝称制・大津皇子の謀反と死、その人物像
Page3 持統天皇(三)大津皇子の謀反の後処理・礪杵道作を伊豆に流す
Page4 持統天皇(四)大来皇女の帰京・無遮大会を5つの寺で設ける
Page5 持統天皇(五)殯宮の慟哭・京師の80歳上と篤癃と貧しいものに施し
Page6 持統天皇(六)丹比真人麻呂の誄・隼人の大隈と阿多の魁帥の誄
Page7 持統天皇(七)負債者の利を免除・御青飯という・天武天皇の服で作った袈裟
Page8 持統天皇(八)喪服を着て東に向いて3回拝んで3回発哭
Page9 持統天皇(九)国忌の日に必ず斎すべし
Page10 持統天皇(十)囚人の極刑を1等減じ、軽い罪は放免
Page11 持統天皇(十一)楯節儛を奏じる・大内陵に葬る
Page12 持統天皇(十二)脂利古の息子の麻呂と鉄折の出家・吉野宮へ行幸
Page13 持統天皇(十三)筑紫の防人は満年になれば交替させなさい
Page14 持統天皇(十四)草壁皇子尊の死
Page15 持統天皇(十五)勅を受けるのは蘇判位だけ
Page16 持統天皇(十六)撰善言司の拝命
Page17 持統天皇(十七)偽兵衛の柏原広山を土佐に流す
Page18 持統天皇(十八)武庫海と那耆野と身野を禁漁区に
Page19 持統天皇(十九)戸籍の作成・浮浪の取り締まり・武事を習わす
Page20 持統天皇(二十)新城を見る・下毛野朝臣子麻呂は奴婢を免除・双六を禁じる
Page21 持統天皇(二十一)即位とその儀式と大赦
Page22 持統天皇(二十二)京と畿内の80歳以上に稲を20束与える
Page23 持統天皇(二十三)人事の令・服の色・紐と帯
Page24 持統天皇(二十四)吉野宮へ行幸・内裏で安居講・位と年歯
Page25 持統天皇(二十五)新しい朝服・朝堂での礼儀
Page26 持統天皇(二十六)戸籍は戸令に依る・紀伊へ巡行するから京は税免除
Page27 持統天皇(二十七)大伴部博麻は唐に独り30年残った
Page28 持統天皇(二十八)元嘉暦と儀鳳暦・藤原へ行幸
Page29 持統天皇(二十九)百済王の余禅広に優を・皇子たちに封を・筑紫史益に賞与を
Page30 持統天皇(三十)天武天皇の世の六斎・売られた者の処遇
Page31 持統天皇(三十一)祖の時に籍が除かれた奴婢の処遇
Page32 持統天皇(三十二)陰雨が続くので酒宍を禁じ、お経を読ませる
Page33 持統天皇(三十三)18氏に祖の墓記を
Page34 持統天皇(三十四)先皇の陵戸・長生地を置く・新益京を鎮める祭
Page35 持統天皇(三十五)戊辰に大嘗・百姓の男女に至るまで宴会・宅地の配分
Page36 持統天皇(三十六)天皇の伊勢への行幸を諌める三輪高市麻呂
Page37 持統天皇(三十七)伊勢行幸
Page38 持統天皇(三十八)難波の大蔵の鍫・繋囚と見徒を皆、赦す
Page39 持統天皇(三十九)阿古志海部河瀬麻呂たちの免税・藤原の宮地を鎮め祭る
Page40 持統天皇(四十)伊勢への赤引糸35斤・大隈と阿多へ仏教を・郭務悰の阿弥陀像
Page41 持統天皇(四十一)直丁に官位・赤烏を捕らえた褒賞・熒惑と歲星
Page42 持統天皇(四十二)班田大夫の派遣・白蛾を角鹿郡で捕らえる
Page43 持統天皇(四十三)伊勢・住吉・紀伊・大倭・菟名足に奉る
Page44 持統天皇(四十四)百姓に黄色の衣を奴に皁衣を・80歳以上に給う
Page45 持統天皇(四十五)桑・紵・梨・栗・蕪菁を植えるよう勧める
Page46 持統天皇(四十六)坐贓の罰
Page47 持統天皇(四十七)無遮大会を内裏で・福嘉を俗に・雨乞い
Page48 持統天皇(四十八)多武嶺へ行幸・清御原天皇のために無遮大会
Page49 持統天皇(四十九)兵器の検閲・仁王経を百国で説く
Page50 持統天皇(五十)法員と善往と真義に近江国の益須郡の醴泉を飲ませる
Page51 持統天皇(五十一)漢人と唐人の蹈歌・大唐の七人と肅愼の二人
Page52 持統天皇(五十二)都賀山の醴泉・益須寺での病人治療
Page53 持統天皇(五十三)金光明経を毎年正月上弦に読みなさい
Page54 持統天皇(五十四)河内国の更荒郡の白い山鶏
Page55 持統天皇(五十五)白い蝙蝠を捕らえた弟国部弟日
Page56 持統天皇(五十六)文忌寸博勢と下訳語諸田を種子島で蛮族を探させる
Page57 持統天皇(五十七)隼人大隈との宴会と相撲の観覧
Page58 持統天皇(五十八)80歳以上、および痼疾に賞を
Page59 持統天皇(五十九)行獄徒繋を許し放つ・菟田の吉隠へ
Page60 持統天皇(六十)二槻宮へ行幸
Page61 持統天皇(六十一)後皇子尊…高市皇子の死
Page62 持統天皇(六十二)丹比真人の致仕を悲しむ
Page63 持統天皇(六十三)東宮大傅と春宮大夫の任命・満選者に位を
Page64 持統天皇(六十四)皇太子に禅譲
Page65 持統天皇の行幸の一覧
Page66 持統天皇の行幸先ランキング
Page67 持統天皇の行幸で帰る記述があるもの日付まとめ
Page68 吉野宮への行幸の月別まとめ